NOVEL(etc)

□手の鳴る方へ
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彼は

一点を見つめて居るようで、何も見てはいない
澄んだ、澄み切って今はもう、あの強い意志も感情も何も写さない彼の綺麗なブルーグリーンの瞳は
ゆらゆらと薄い涙の膜を揺らしてガラス玉のように目の前の景色を拾うだけだ



「たった一人が欲しいんだ」



彼は突然、うっとりと、囁くようにそう零した



「総てを捧げられるような、全てを捨ててしまえるような」



「たった1人に巡り会えたら、俺はもう死んでもいい」



ユラユラと、夢見心地の彼の瞳には、きっと何も写っていない



「そしたら、俺は真っ白になって死ねるんだ」



恨みも、憎しみも、汚いものを全部真っ白にして

嗚呼、そしたら
そしたら、きっと



「キレイになれたら、みんなの所に行けるかな」



彼は笑いながらその白く美しい手を空に掲げた

嗚呼、ほら、こんなにも真っ赤だから
こんなんじゃみんなの所に行けないな



クスクスと
彼のか細い笑い声だけが部屋に虚しく響くのを聞いて
俺は彼の背中を眺めて、彼に気付かれないようにそっとそっと
祈る宛の無いままに、でも必死に何かに祈った



(嗚呼、俺は知ってるよ)



(あんたの言う"たった一人"は、あんたが守りたい人や、愛した人や
仲間や家族や友人だとか、そんな暖かなもんじゃなくて)



("たった一人"のあんたが一番憎くて殺したくてはたまらない家族の仇なんだって)



(そいつを殺したら、もう自分は死んでも良いって思ってるって)


(全部全部知ってる、分かってるよ)



「ニール」



彼の背中に向けて、絞り出すように名前を呼んだ
けれど彼はこちらを振り向いたりなんかしない
うっとりと、また此処ではない何処かを見つめているのだろう



(ほら、あんたの心を占めるのは何時だって無くしてしまった家族なんだ)



「ニール」



もう一度名前を呼んだ
でもやはり彼はこちらを振り向かない、何の反応も返さない

そんな彼にゆっくり近づいて後ろから優しく彼を抱きしめた



(失ったものに心を砕いて、だからもう、みんなの声も、俺の声も聞こえないんだろ?)



(なあ、)



「ニール、ニール・・・・兄さん」



ぎゅう、と彼を抱きしめた腕に力を込める
腕の中に収まった兄の体は暖かいのに、何だか怖くて堪らない
俺はポロポロと流れる涙を止められずにバカみたいに彼の名前を何回も呼んで
縋りつくみたいに彼をぎゅうぎゅうと抱きしめた



(なあ、頼むからこっちを見てよ)




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鬼さんこちら、手の鳴る方へ
お兄さんこちら、手の鳴る方へ


心が壊れたかつての優しい狙撃手と
たった1人の家族を取り戻すすべを知らない男の話






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