etc.

□Other。 2007-2008
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 【突き通せなかった嘘】
2008/08/10


さっちの中にある後悔。
それは突き通せなかった嘘。
正確には、さっち自身が突き通そうとしなかった嘘できっとこの先も忘れることは出来ないと思う。

もう4年位前になるかな。
介護に携わっていた頃だった。
さっちをとても可愛がってくれていたお婆ちゃんが居た。
90歳を越え寝たきりで週2回お宅に行き介護をしていた。

さっちの事を『先生』と呼んでくれていて、さっちがお宅に行くのをとても楽しみにしてくれていた。
小柄でとても可愛らしいお婆ちゃんで意識もしっかりしていた。

いつも『いい人を見つけたら連れてきなさい。先生の花嫁姿がとても楽しみ』と言ってくれて孫のように思ってくれていた。

さっちもそんなお婆ちゃんが大好きだった。
色んなお話を聞かせてくれて、時には一緒におやつを食べたり、さっちにだけはお婆ちゃんのやりきれない気持ちを話してくれていた。

どれ位経ってからだろうか。
少しずつ認知症と思える症状がみられてきた。

誰も居ない隣の部屋に話し掛けたりするようになった。
さっちの事はちゃんと忘れないで居てくれていたのだけど、記憶が曖昧になっていく。

ある日お婆ちゃんが『先生が結婚した事が嬉しい。旦那さんと仲良くしている?』『結婚生活はどう?』と言うようになった。
さっちも話を合わせ『ありがとう』と言っていた。

だけど、段々と話を合わせるのが億劫になり『まだ結婚してないですよ』と言ってしまった。

その時のお婆ちゃんの哀しそうな顔が今でも忘れられない。

どうしてあんな事を言ってしまったのだろう。
どうして最後まで話を合わせてあげられなかったんだろう。
今更後悔しても遅いのだが、消えることの無い罪悪感。

『私が結婚するまで元気で居てくださいね。花嫁姿ちゃんと見てくださいね。』そう言って励ましても、哀しそうに笑うだけだった。

そして時間が経つにつれて衰えていくお婆ちゃん。
起きていられる時間が短くなり食欲も衰えていった。

コップの水をストローで吸い上げるだけの力もなくなり、すい飲みでなんとか飲める程度まで衰えてしまった。


ストローで飲めなくなってしまった数日後さっちがお宅に訪問した時に誰も居ない家で1人既に亡くなっていた。

どうして後もう少し待っていてくれなかったんだろう。
もう少し待ってくれていたなら見送ってあげられたのに。
1人で逝かせるなんて事しなかったのに。
傍に居てあげたかった。

ケータイを手に取り亡くなっていると連絡をしたかったのだが気が動転していてケータイの使い方が解らない。
早く電話を掛けたいのに掛けられない。

どうして繋がらないの!

そう思いながらなんとか電話をかけ事情を話し電話を切った。

その後はもう泣くことしか出来なかった。
暫くして家族が駆け付け主治医の方も来てくれた。

老衰でしょうと言っていた。
亡くなった正確な時間は解らず、さっちが訪問した時間が亡くなった時間となった。

主治医が来る前に、もう動かないお婆ちゃんにずっと話し掛けながら身体を拭き着替えをした。
その時も涙が止まらなかった。

この時にもさっちはミスを犯した。

いつも腹巻きを愛用していたのに、着替えた時してあげなかった。
どうして腹巻きをしてあげなかったのだろう。
何故あの時『腹巻きはいいや』と思ってしまったのだろう。

突き通さなかった嘘と腹巻き。
どんなに後悔してもどうすることも出来ない。
全てが過去の事。
そしてお婆ちゃんももう居ない。
もう何も出来ない。

お婆ちゃんが亡くなってから娘さんが形見分けとしてムーミンの白いぬいぐるみをくれた。

お婆ちゃんがまだ元気だった頃に、『私が死んだらぬいぐるみを貰って。先生、どのぬいぐるみがいい?』と聞かれたことがあった。
お婆ちゃんの部屋にはいくつかぬいぐるみが飾れていた。
さっちは『ムーミン』と即答していた。何故ムーミンだったんだろう。今思えば即答だったのが不思議で仕方がない。

娘さんの話しによると、お婆ちゃんは亡くなる前からずっと『ムーミンは先生にあげてね』と何度も言っていたらしい。
ムーミンの事をずっと気に掛けてくれていたらしく、娘さんから連絡がありお婆ちゃんとの約束通りムーミンを頂いた。

ムーミンは今もさっちの部屋に居る。

こんなにもさっちを気に掛けてくれていたのに、さっちは最後にお婆ちゃんを哀しませてしまった。
思い出す度に辛くて切なくて苦しくなる。

きっとこの痛みはこの先も消えないであろう。
そしてちゃんと覚えていないといけない痛みなのだと思う。

嘘をつくことは決して良いことでは無いけど、時には必要な嘘もあるのかもしれない。

そう思わされる出来事だった。


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