Pkmn:R
□Prologue1:赤眼ノ悪魔
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真っ暗な闇の中。無機質で何も無いロビーに、真っ黒なフードを被った男が少女を抱えて帰還した。
男は少女を横抱きして、ロビーを進むと足元のライトが付いて道を照らす。
すると男の進行方向に壁に寄りかかっている真っ黒なベレー帽を被った緑髪の男がフードの男の名を口にした。
「アポロ、もう戻ったのですか」
アポロと呼ばれた男はフード越しに緑髪の男を見た。そして目を細くして男に言う。
「ええ、今帰りましたよ。ランス」
ランスと呼ばれた男がベレー帽を被り直す。彼もまたアポロと同じRマークのロゴが入った服を着ていた。ランスは壁から離れてアポロに近寄る。
「貴方自身が直々に出向く用事とは...この子供でしたか」
「そうです、長年追い求めた獲物ですからね。やっと手に入れることができた」
そう言ってアポロは未だに意識が戻らないオメガの頬を撫でる。ランスはそれを鼻で笑った。
「ふん。どんな子供かと思えば...こんな薄汚い小娘ですか。こんなものを連れ込んで、一体どうするのです」
「この娘は我々にとってイレギュラーの存在。そして私の大事な...いえ、この組織の切り札。我々の、希望なのです」
「こんな餓鬼が希望?アポロ、冗談もいいところです。こんな小娘に何が出来るというのです」
「冗談ではありませんよ。これからこの娘を我々が育てていく。この娘が、この組織の要にふさわしい幹部になるように」
アポロの言葉にランスはあからさまに嫌そうな顔をした。目を細めてアポロを睨む。
「育てる?我々が?アポロ、貴方の茶番に付き合っている暇などないのですが。我々にはサカキ様の帰還という目的があるでしょう。それとこの娘の教育が関係あるのですか?」
「ありますよ。言ったでしょう。この娘は我々の要だと」
アポロとランスが言い合いをしている最中に、奥から赤髪の女性と紫の髪をした男性が姿を現した。
「アポロ、おかえりなさい」
「おーおー、また随分荒れてんなランス」
「アテナ、ラムダ」
アポロが女性と男性の名を口にする。紫髪の猫背の男性は、煙草をくわえたままアポロに近寄り少女を覗いた。
「こりゃ派手にやったな、アポロ。お前こんな趣味してたのか?」
「趣味もなにも、この娘はただでは攫われてくれませんからね。少し手を加えたまでです」
「手を加える、ねぇ...さすが最高幹部様はやることがえげつねぇわ」
ラムダはオメガの首の痣を見て呆れたように言った。そこにアテナが覗き込む。
「結構可愛い顔してるじゃない。化粧でもさせれば大人っぽくなるわ」
「何を言ってるのですかアテナ。貴女までこの娘を受け入れると?」
アテナの言葉にランスは眉をひそめる。アテナは赤い口紅の唇を綺麗に孤を描いて笑った。
「あら、私はいいわよ。女が増えるのは悪いことじゃないわ。遊びがいもあるしね」
アテナはランスにウインクするが、ランスはあからさまに不機嫌な顔をする。事を収めるようにアポロが3人に声をかけた。
「さぁ、お前達は戻りなさい。私はしばらく部屋に篭もります。この娘を躾けるのは大変そうですしね」
「へいへい」
「じゃ、また後でね」
「.....チッ」
ラムダとアテナが返事をして、ランスは舌打ちをしてアジト内に入っていく。
アポロもその後を追うように暗い無機質なアジトに入っていった。
何も見えない。
ただ遠くから水音が聞こえるような気がする。
微睡みの中でそれだけが感じられる。そこに意思はない。ましてや感情も沸き上がることは無い。
ただ聞こえるだけ、感じるだけ。
何も見えないのに密閉感があるような、窮屈な感覚がある。
微睡みが引いてやがて意思も感情も自然に胸に流れ込んでくる。現実と夢の境界が混ざって意識が覚醒された。
ゆっくり目を開く。眠っていたせいで眠気が残って瞼が重い。
眠気を抜く為に深呼吸しようと酸素を吸い込んだ。だが喉に激痛が走って同時にむせ返る。
「う、ゲホッ!...ぐ.....」
胸が苦しい。上手く酸素を吸えず、喉がズキズキと痛む。
胸を抑えて咳き込み、目を見開いた。無機質で暗い室内。自分はベッドに眠らされていた。傍らにはベッドライトがオレンジ色の淡い光を放って部屋を朧気に照らしている。
「はっ.....はぁ.....。うぅ...」
乱れた呼吸を落ち着かせて、ゆっくりと体を起こす。背中や腕も足の動作も、全てが重く鈍い痛みが走る。
記憶を辿ってあの男の姿を思い出す。
あの男は私を殺そうとして首を絞めた。だがどうして、私は生きている?
明らかに殺そうとしていたはずだ。
思い出すと余計喉が痛むような感覚に襲われる。苦痛に顔を歪めていると、部屋のドアがゆっくりと開く音がした。
「あぁ、やっと起きましたか。オメガ」
淡い水色髪の男は、柔らかい笑みでそこに立っていた。
その笑みが、私の憎しみを倍増させる。
「お前.....何者なんだ。いきなり、オレを捕まえて、殺そうとして...。しかもオレのこと、知ってるだろ。...答えろ」
喉の痛みに耐えながら、途切れ途切れに言葉を繋ぐ。それは深い殺気と憎悪が篭った問いだった。男は表情を変えずにオメガに歩み寄る。
「ふむ...。殺す、ですか。殺すつもりなど微塵もないのですがね。ああ、名前を言ってませんでしたね。私はアポロ。3年前に解散したロケット団の残党、とでも言っておきましょう」
「ロケット団...?なんだ、それ」
聞きなれない言葉にオメガは赤い目を細めて呟く。アポロはオメガのベッドの横に立った。その水色の瞳がオメガを見据える。
「ロケット団は我らがボス、サカキ様を中心に構成された組織。世間では悪の組織とも言われていますね。
我々ロケット団は3年前にある子供によって解散させられました。
ですがそれを受け入れられなかった下っ端達は、3年の月日をかけて散り散りになった仲間をかき集めサカキ様の帰還を目的に復活を果たしました。
そして私は、現在ロケット団を束ねる幹部。私以外にも幹部は3人います。ですがそれだけではまだ足りない。
目には目を、歯には歯を、子供には子供を。
お前無しでは、我々は同じ過ちを繰り返す」
アポロは淡々と述べる。オメガは痛みに歯を食いしばり身を乗り出してアポロに聞いた。
「なんでそこでオレが必要なんだ。だいたいお前、オレのことどこまで知ってんだよ」
「お前の事をどこまで知っているか、ですか。オメガという名前、年齢、生年月日...孤児院での日々。そして...お前の両親」
「!!」
アポロの最後の言葉にオメガは目を見開く。その様子にアポロは笑みを深くした。
「お前が知りたい過去全て、それが私の頭の中にある。ですが知りたいのなら、我々に協力なさい」
「そ、んなの…無茶苦茶だ。そもそも子供なんてあの孤児院にいくらでもいるのに、何故そんな事をオレが協力しなくちゃいけないんだ」
「お前でなければならない。お前には...既に我々ロケット団に入団する条件が揃っている」
オメガがいるベッドの上に上がり、アポロはオメガとの距離を詰めた。ギシリとベッドが軋む音に、オメガは警戒と不安が入り交じった顔でアポロを睨む。
「お前は...誰かを絶望させたいのでしょう?」
「...っ」
アポロは愉しそうにオメガの頬を撫でる。オメガはそれを振り払う事をせずに、不快そうな顔で警戒の目をアポロに向けた。
「あの孤児院で味わった屈辱、ジム戦での憎悪。お前は絶望を知っている。...奴らを、お前を蹴落とし欺いた人間達を。
そして望んでいる…。恐怖に陥れ、絶望に嘆き、哀れに逃げ惑い無惨に散っていく様を。
オメガ...お前は、復讐を望んでいるのでしょう?」
甘く囁くようにアポロはオメガに問い掛ける。オメガの心は大きく揺さぶられていた。
私を見下して、自由を奪った院長。蹴り返しても鬱陶しい程立ち上がってくる悪餓鬼達。私に力の差を思い知らせ、罵倒してきたあのニビジムリーダー。そして...必要以上に私に構い続け、使えないただの荷物に過ぎないキリヒコ。
全て...今の私には憎悪を駆り立てる根源でしかない。
だが.....どうしてこんなにも心が寂しい?
悪餓鬼を蹴った時も、院長に怒鳴られた時も、キリヒコと口論になって背を向けられた時も。
どうしてか心が痛くて仕方がなかった。
今まで見て見ぬ振りをしてきた自分の心の痛みに、疑問が沸き上がってくる。
どうしてこんなにも苦しくて辛いのか。
どうして泣きそうになるくらい悲しいのか。
どうして、心の底から私を見てくれないのか。
「...う...、ぐすっ.....うぅ.....」
涙が止まらない。感情が制御できない。
痣になった首が痛むのが分からなくなるほど、胸が苦しくてたまらない。
「あぁ、オメガ」
アポロが泣きわめく私を抱き締めた。それを拒む力などある筈もない。寧ろ拒絶感はなかった。
男は私の頭をゆっくり撫で、あやす様に背中を擦る。
「今まで苦しかったのでしょう」
「あ.....う、ぁあ.....ぐすっ...」
オメガは嗚咽を漏らし、涙でアポロの白い団服が濡れる。オメガの目線には団服の赤いRマークが主張していた。
「大丈夫...。お前の苦しみは私が癒します。オメガ...。私はお前の傍にずっといる」
自然とアポロの言葉が心に染み込み、激しく乱れていた感情が落ち着いていく。最初の警戒心は消え去っていた。
「オメガ...私だけのオメガ。心を踏み躙った奴らに復讐を、そして我らロケット団の栄光を。共に...掴み取りましょう」
アポロが静かにオメガに言い聞かせる。オメガはアポロに身を委ね、涙が枯れるまで啜り泣いていた。