Pkmn:R

□Prologue1:赤眼ノ悪魔
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冷たい雨の中、ぬかるみを気にせずに走る。
その歩みを止めてしまえば当然奴らの思う壷でこの雨よりも痛いものが降ってくる。
それがとにかく苦痛で怖くてこれ以上邪悪なあいつらの顔を見たくなくて、必死に走っていた。


「あっ!」


ぬかるみに足がハマり前のめりに倒れ込む。咄嗟に付いた手が水を含んだ石に食い込み、痛みに顔を歪めた。
それと同時に奴らのバシャバシャとぬかるみを踏みつける足音が近づいてきたのがわかる。


「キリヒコ!」


息が乱れた呼吸で勝ち誇ったように名前を呼んだあの悪餓鬼が、倒れたキリヒコを見下した。

キリヒコは必死に顔を伏せる。水を含んだ前髪の隙間から、涙か雨か分からない雫が目から零れた。この悪餓鬼の顔を見るのが酷く怖い。泥まみれの両手で顔を覆うと、悪餓鬼の子分の少年がキリヒコの髪を強引に持ち上げ、顔を挙げさせた。


「ぐっ...!!」


奥歯を噛み締め、前髪を持ち上げられて深緑色の目が顕になる。涙と雨でぐしゃぐしゃになったキリヒコの顔を見て、悪餓鬼が嘲笑うように言い放った。


「逃げることしかできない弱虫め!また泣いてるんだろ!?」


気の弱いキリヒコは人と関わるのが酷く苦手で、人前で話すことも緊張して言葉がつっかえることが多く、そしてカントーではあまり居ないコガネ弁を話すことから、悪餓鬼共の標的となってしまっていた。
悪餓鬼も最初は悪口から始まり、徐々に嫌がらせが激しくなっていき、ついには暴力まで振るうようになっていた。
そしてそれはこの孤児院の院長にも知れ渡り、人嫌いのせいで目を隠すように伸ばした前髪も薄気味悪いという理由で、差別化されていってしまった。
ここの孤児院の院長は意地が悪く、敷いていえば悪態をつくおばさん同然だ。いい子にしない子供には罰を与え、除け者にしようとする。除け者にされたものは里親募集のリストから外され、孤児院の雑用や掃除を必ず毎日させられるのだ。
この悪餓鬼は院長がいない間の見張り役でもあり、このいない間を狙ってキリヒコを虐める作戦をしていた。

今朝からずっと追いかけられ、既にキリヒコの体力は底を尽きていた。


「お前みたいな奴に里親もいらねぇ、泣き虫は泣き虫のままお前を捨てたママにでも泣きついてろよ!」


髪を押さえつけられたまま、悪餓鬼が目の前で足を振り上げる。このまま顔面を蹴られる。その痛みが来るのが怖くて、目を瞑って歯を食いしばった。



「あがぁっ!」


呻き声をあげたのは悪餓鬼の方だった。痛みが来なかった事と、悪餓鬼の悲鳴が聞こえたことで恐る恐る目を開ける。
そこには黒髪の少女が立っていた。側には悪餓鬼が腹を抑えて横たわっている。
呆然としてその少女を見つめていると、子分のガキどもがキリヒコの身体を解放させられた。髪を持ち上げられていたせいで顔がまた地面に落ちる。


「うぐっ...!」


急に落とされたせいで口に泥が少し入った。それが不快で泥を吐き出すと、頭上で少女の声が聞こえる。


「あーあ、めんどくせ...こんなクズ共、すぐに倒せるじゃねぇか」


少女が呟いた言葉に子分達が怒りを露わにして、少女に殴りかかろうとする。が、少女は子分達の拳を軽々と交わし、その細い足で子分達の腹を蹴り込んだ。


「ぐあっ!」


子分達が倒れ込み、悪餓鬼がようやく顔を上げる。その顔は怒りに満ちていた。


「オメガ...!てめぇ...!!」


悪餓鬼をオメガは赤い目で睨む。


「うるせえよ、お前ももう1発食らっとくか?なんなら院長に見せられないくらい顔面叩き潰してもいいんだぜ?」


ニヤリと口角をあげたオメガは、悪餓鬼よりも恐ろしい表情をしていた。それに怯んだ悪餓鬼が立ち上がり、腹を抑えて子分達を自分の元に来させる。


「この.....今度また院長がいない時、ぜってーお前もボコボコにしてやる」


「できるもんならやってみろよ、また返り討ちにしてやる」


あまりの恐ろしい赤い眼光に勝てなかった悪餓鬼がその場を去っていく。
倒れ込んだキリヒコをオメガが振り返り、キリヒコにしゃがみ込んだ。


「どっかやられた?」


「.....転んだ、だけや」


「ふーん。でもさ、お前。なんでいつもあいつらに捕まるの?オレと一緒に居ればあいつらだって蹴散らせるのに」


「...お前に、迷惑かかるだけや」


「どっちかというと迷惑なのはお前が1人の時にまたあいつらにやられて、助太刀する方が面倒なんだけど」


「.....」


「まあ早く部屋に入って休もうぜ。今日はクソうるせー院長もいねぇし、勝手にシャワー使ってもバレないからさ」


オメガはキリヒコの手を取り立ち上がらせて、体を支えてやる。
少女の体も冷たい雨で冷えきっていて、寒さで少し震えていた。その事に申し訳なく思ったキリヒコは、大人しくオメガに支えられて玄関に向かう。

降りしきる雨が止む気配は一向になかった。
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