Pkmn:R
□Prologue2:旅兵/虚ロナ過去
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しんしんと降り続く雪。
雪の結晶が舞い、樹氷が永遠と続く雪景色。
ジェイドが吐く息は白く、気温が低く寒さが体温を奪う。だがこの雪国で育ったジェイドにとって、これくらいの寒さは慣れていて寧ろ心地がよく懐かしさがあるものだった。
「.....これは」
1本の樹氷に点々と氷の粒が刺さっている事に気づくジェイド。後ろからジェイドの相棒であるユキノオーが覗いた。
「...野生のユキノオーのこおりのつぶてか。...ここら辺で仲間同士で喧嘩でもしたか......はたまた頭の悪いトレーナーが縄張りに踏み込んだか」
ジェイドは足元を見渡して目を細める。
雪で埋もれているが、人の足跡が点々とあるのが分かった。そして野生のユキノオーが放ったであろう氷の粒も、所々雪に埋もれている。
「...まだ近くに居るな」
ジェイドがそう呟くと、隣にいたユキノオーがピクリと反応した。その瞬間。
「きゃあああーっ!」
女性の悲鳴がジェイドの耳に届く。それと同時に樹氷が倒れる音がした。女性の声がした方向を見てジェイドはため息をついてボソリと呟いた。
「はぁ.....これだから他人は嫌いなんだ」
ジェイドはそう言いながらも声のした方に駆け出す。ユキノオーもその後に続いた。
「ちょっと!なんで攻撃してくるの!?」
ジェイドが駆け付けると、そこにはミルクティー色の長髪の少女が息を切らした様子で叫んでいた。
傍らには少女の手持ちであろうエンペルトが野生のユキノオーを食い止めようと戦っている。
野生のユキノオーは少女を狙っていて、酷く興奮している状態だった。
「っエンペルト!ハイドロポンプ!」
エンペルトがハイドロポンプを放つも、ユキノオーのれいとうビームで一瞬で水が凍らされていく。
放ったれいとうビームがエンペルトの足元に命中し、エンペルトは移動が出来なくなってしまった。
「嘘でしょ!?」
少女の悲痛な悲鳴がジェイドの鼓膜に響く。野生のユキノオーはウッドハンマーを繰り出し、大きな丸太が少女目掛けて飛んでいった。
「ひっ...!!」
少女の顔が絶望と死の恐怖に染まった瞬間、目を見開いたジェイドは地面を蹴って少女と丸太の間に距離を詰めた。
刹那、腰の日本刀を抜刀して丸太を斬る。
丸太が真っ二つに割れ、ジェイドの赤いマフラーが少女の視界で旗めいた。スローモーションのように流れる視界に、少女は目を見開く。
だがそれは一瞬で、割れた丸太が激しい音を立てて少女の横に倒れた。
「きゃっ...!!」
少女が雪の飛沫に腕で顔を覆う。ジェイドは野生のユキノオーを睨み、自身のユキノオーに命令を下した。
「ふぶき」
次の瞬間、強烈な吹雪が巻き起こり野生のユキノオーに命中する。怯んだ野生のユキノオーは吹雪に耐えきれず樹氷の森の中に逃げ帰って行った。
吹雪が収まり、ジェイドが日本刀を鞘に収める。少女は惚けた顔でジェイドを見つめ、感嘆するように呟いた。
「凄い...」
少女の視線から逃れるようにジェイドは少女の相棒であるエンペルトに向かう。エンペルトは警戒した様子でジェイドを睨んでいた。ジェイドはユキノオーに目を配る。
「...」
ユキノオーが小規模なこおりのつぶてを繰り出して、エンペルトの足元の氷を砕いた。氷が割れてエンペルトが自由になる。エンペルトは警戒しながらもジェイドに向けて御礼をするように胸に腕を当て頭を下げた。少女がエンペルトに駆け寄る。
「エト!大丈夫?怪我はしてない?」
エンペルトをニックネームで呼び心配する少女をよそに、ジェイドは無言でその場を去ろうとする。
「あの!ちょっと待ってください!」
少女が静止の声をかけるがジェイドはそれを無視して歩き続ける。すると少女は雪に足を取られながらも走り、ジェイドの目の前に立ち塞がった。
目の前の少女に怪訝そうな目を向けるジェイド。
「助けてくれてありがとうございました!」
少女はジェイドに向かってそう言ってお辞儀をした。ジェイドは内心で溜息をつく。
少女は別の街から来たのであろう。ある程度の防寒具を持ち合わせているようだが、ここはキッサキシティよりもかなり気温が低く過酷な環境だ。少女の防寒具ではここを突破することは難しい。
それにこの少女、どう見ても迷っている。先程の野生のユキノオーの縄張りに知らずのうちに踏み入り、挙句の果てには殺されそうになるとは。無知にも程がある、とジェイドは心の奥で悪態をつく。
「あの、私。キッサキシティに向かいたくて雪道を歩いてたんですけど...いつの間にか2人の仲間とはぐれちゃって...。しかもどんどん雪は降ってくるし、道に迷うし、野生のポケモンに襲われるし...。でもあなたが助けてくれて...、命の恩人です。ありがとうございます」
「...キッサキシティならここから東」
「えっ?」
ぶっきらぼうにジェイドが言い捨て、少女に背を向けて歩き出す。だが少女は諦めずにジェイドの後を追って横に並んだ。
「私、アラモスタウン出身のアランです。この子はエンペルトのエト。あの...貴方の名前は?」
「...チッ」
頼んでもいないのに勝手に自己紹介し始めた少女に苛立ちを露わにする。おまけに自分の名前を教えろと言った。
心底嫌になる。助けなければよかったと後悔するが今更遅い。
「.......教えるつもりは無い。場所は教えたんだからさっさと失せろ」
そうダメ押しして背を向けてその場を離れる。
これだから他人と関わるのはいけ好かない。大概面倒な事に巻き込まれるのだ。
「.......」
歩き続けて数分。2人と2匹分の足音が樹氷の森に静かに溶けていく。
ジェイドは後方を横目で見て壮大な溜息をつきそうになるも我慢する。
どうやらあの少女は諦める気は無いらしい。好奇心の目でジェイドを見つめながらエンペルトを従えてついて来ていた。
黙ってついていけば此方が口を開くとでも思っているのか、本当に癪に障る面倒な少女だ。
「.........いい加減にしろ」
低い声音で言いながら日本刀を抜刀し、切っ先を少女の目先に突きつける。驚いた表情で少女が足を止めた。
振りほどくにはこれが一番有効なのだ。相手を脅し、自分を敵性存在だと認識させる。これで大概の人間は臆して離れるのだ。
少女のエンペルトが主人の身の危険を察知して威嚇をし、ジェイドのユキノオーも戦闘態勢の構えをとる。
「.......」
アランは臆すること無くジェイドを見つめていた。予想外の展開にジェイドは一瞬目を見開くが、また殺気の篭った目でアランを睨む。アランは表情を変えずに1歩踏み出した。切っ先が触れるか否か、どちらでもない第三者の声が飛んだ。
「ルカリオ、はどうだん!!」
樹氷の木々の隙間から波動弾がジェイド目掛けて飛んでくる。ジェイドは即座に日本刀を持ち替え、青白い光を放つ波動弾を刀身の鎬で弾いた。波動弾は先程よりも威力もスピードも増して飛んできた方向に真っ直ぐ飛んでいく。
「!!...っボーンラッシュ!」
予想もしない反撃に声の主が慌てて指示を出し、ルカリオが飛び出して骨の剣で波動弾を地面に叩きつける。波動弾の威力で雪が溶け、地面が抉れた。
ジェイドは波動弾を打ってきた方向を目を細めて睨む。するとルカリオの後ろから薄紫色の銀髪を後ろで結った少年と、茶髪の少年が樹氷の木々から出てきた。
「アラン!大丈夫か!」
茶髪の少年が大きな声で少女の名を呼んだ。2人の少年がジェイドとアランに近づく。
ジェイドは溜息をして刀を鞘に収めつつアランから離れた。
「イチカ!コウタ!」
アランが少年達の名前を言う。
先程言っていた仲間の2人だろう。ならばここに自分は用はない。
「おい待て!」
銀髪の少年が離れようとするジェイドに怒気の孕んだ声で呼び止めた。ゆっくりと振り向いたジェイドは苛立ちと殺気の混じった目で睨む。
「お前、アランを殺そうとしていただろう。...何者だ」