泡沫人

□03
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≪ザ――――の交通情報です≫



 ラジオから流れてくるノイズ混じりのニュース。



≪――自動車道は三キロの渋滞……ジジ……は流れております≫



 その中木箱に腰掛けながら煙草を吹かす久保田の姿があった。



≪――は事故のため二キロの渋…で……ザ――――≫



 彼の足元に転がる肉の塊。否、それは“人間だった”者たち。
 床には彼らの血で汚されている。




――猫が死んだ。




 俺がまだ中学の頃だ。
 別に飼っていた訳じゃない、多分野良猫。
 正直言って、そいつの姿形はよく覚えていない。
 ただ、柔らかで温かい身体と、しなやかな毛並みの感触――本当にそれだけだ。
 名前すら無かった。
 陽の傾いた帰路の途中、そいつの亡骸を見つけた。
 野犬にでもやられたのだろう、歩道を遮るように流れ出た血と内臓が、てらてらと鈍く黒光りしていた。
 眼球を失った黒い穴は何処までも深く、永劫の闇に続いている。
 明日になればこのゴミは回収され、死の痕跡すら残さない。
 細く痩せた腕をつかみ、持ち上げる。
 魂ひとつ分軽くなって垂れ下がった身体は、生前のしなやかさを無くしいびつに硬直していた。
 こいつはこうやって死ぬために生まれて来たのだろう。
 預言者にでもなった気がして、ふいに笑いが込み上げた。




「俺もいつか、内臓を撒き散らして死ぬんだ。」




 そう、例えばこんな風に。






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