光差す旅路の先

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  ■ ■ ■



 門が開かれ、寺院の中に招き入れられた。
 中は外から見た時同様、立派な造りをしている。



「これはまた広いですねェ」



 周りを見渡しながら八戒が第一印象を口にする。





――線香の匂い





 まず鼻に付いたのは線香の香りだった。
 たまに三蔵や悟空に会いに慶雲院を訪れるとこの匂いに包まれていた。

 何処となく懐かしい気もするが、そうでもないとも思った。



「こちらでございます」



 案内された部屋には何人もの坊主が左右に立ち並び、中央に偉い人だと思われる三人が鎮座していた。
この寺の僧正が口を開く。



「――これは三蔵法師殿。この様な古寺にようこそおこし下さいました」


「……歓迎いたみいる」



 三蔵の心にもない挨拶を交わしている姿が何処となく可笑しかった。



「おい、三蔵ってそんなにお偉いさんだったワケ?」


「――というより、“三蔵”の称号の力ですね……この世界には“天地開元”という五つの経典があるそうで」



 八戒曰く、その経典それぞれの守り人に与えられるのが“三蔵”の名であり、仏教徒の間では最高僧の証としてあがめられるという訳である。



『――えっと、三蔵って名前じゃなかったんだ!?』


「あっ、そっかぁ! じゃ、玄奘が名前なのか?」



 悟空と顔を見合わせ、首を傾げながら返ってこない疑問に頭を悩ませた。
 一方、悟浄はげんなりとした表情で三蔵を指差している。



「なんであんな神も仏もない様な生臭ボーズが“三蔵”なんだ?」


「そこまではちょっと……」



 さすがの八戒も苦笑いを浮かべて、言葉を濁すだけだった。

 4人でコソコソ話をしている間にも三蔵達の方では別に話が進んでいく。



「実は光明三蔵法師殿も十数年程前、この寺にお立ち寄り下さったのですよ。光明様の端正で荘厳なお姿が今にも目に焼きついております。玄奘様は本当に良く似ていらっしゃる」


「……」



 僧正が光明三蔵法師のことを語り出すと、三蔵が纏っていた雰囲気が一瞬だけ揺らいだ。


 詳しい話は聞いていないが光明三蔵という人が三蔵にとって大切な人だったということは知っている。
 三蔵にとって一番触れられて欲しくないところなのだろう。



『――』


「光明三蔵様が亡くなられた後を、愛弟子である貴方様が“玄奘三蔵”として継がれたと聞いておりますが」


「――そんなことより、この石林を一日で越えるのは難儀ゆえ一夜の宿を借りたいのだが」


「ええ! それはもちろん喜んで! ――ただ…」



 三蔵が僧正の言葉を遮り今夜の宿を申し出れば、坊主は歓迎の言葉を口にする。だが、こちらに向く視線はまるで不浄の者でも見るような目をしていた。



「何か?」


「ここは神聖なる寺院内でして、本来ならば部外者をお通しする訳には……そちらの方々は仏道に帰依する方の様にはとても…」



 坊主が遠慮がちに告げてはいるが、わたしたちの立ち入りを拒否するニュアンスが含まれていた。
 当然ながらその言葉に腹を立てた悟浄が怒鳴り散らす。



「坊主は良くても一般人は入れられね――ッてか? 高級レストランかよここは!!」


「まあまあ」


『悟浄、ここは落ち着こう。ね?』



 八戒と共に悟浄を宥める。



「俺は構わんが」


「うわ――言うと思った――」



 三蔵がボソッと発した言葉が悟空には届いていたらしい。



「随分と信仰心の強い方々のようですね」


「警戒心の間違いじゃねーの?」


『どっちもだと思う』



 小声で会話していると、一人の坊主がこちらに視線を投げ掛けてくる。



「――この方々はお弟子さんですか?」


「――いや、下僕だ」


「ああ、やはりそうでしたか」



 悪びれもせずにきっぱりと告げる三蔵に、そして何故か納得している坊主。
 悟空と悟浄の沸点に達したらしく、今にも三蔵に飛び掛かろうとしていた。



「「コロス」」


「はいはい、どーどー」



 八戒が笑顔を張り付けたまま二人を抑えているが、その目は笑っていなかった。



「――あのう、それと……」



 遠慮がちに声を掛けてきた坊主がちらりとわたしを見遣る。



『――わたし?』


「そちらにいらっしゃるのは女子の方ですよね。寺院は女人禁制ですので、ちょっと――」


「ちょっと待てよ! それじゃ銀鈴は泊まれないっていうのかよッ!」


「おいおい、そりゃーひどいってもんじゃねーか?」


「銀鈴を一人外に追い出すと言うんですか」



 すかさず悟空と悟浄が喰い掛る。
 八戒からは笑顔がすっかり消え失せ、坊主たちを静かに威圧していた。
 気圧されながらも、「しかし――」と言葉を並べようとしている坊主が冷や汗を浮かべている。



『――みんな、わたし一人でも大丈夫だよ。一晩の野宿ぐらいなら……』


「ダメに決まっています! 万が一何かあったらどうするんですか」


『うん…でも……』



 いつになく八戒が真剣に言うものだから、頷いてしまいたくなる。
 でも、このままだと三蔵にも迷惑が掛けてしまう。

 そう思い来た道を戻ろうと、扉に手を掛けた時の事だった。



「どこに行く気だ」


『えっと、外に?』


「何故行く必要がある」



 三蔵の言わんとしていることが飲み込めずにいた。
 そのまま押し黙っていると、三蔵が坊主たちの方へ視線を向ける。



「――悪いが銀鈴は別だ。三仏神よりこの者の扱いは一任されているのだがな」


「三仏神様が!? それは失礼しました――では、今回は三蔵様に免じて、そちらの方々にも最高のおもてなしを御用意いたします」




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