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□新生活
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「今日でこの家ともお別れかあ。なんか変な感じだね」

少し名残惜しそうに一軒家を見上げ、クダリははにかむように笑った。

「そうですね。これから全く違う生活をするのかと思うと不安です」

つい先日大学を卒業して、在学中に既に就職を決めていたバトルサブウェイへ今日向かうことになった。バトルサブウェイの寮に二人で住むことになったけれど、いまいち実感が湧かない。手荷物は小さな鞄の中に財布と免許に定期券、それとモンスターボールに一応きずぐすりを数個。それぐらいなもので、いつもの近くへ外出するのとなんら変わらない。
荷物は大体送ってしまったし、足りないものや家電はあちらで買えばいい。
これから新生活が始まるというのに、そんな実感がなくて少し戸惑ってしまう。
はにかんだ表情のまま、今までずっと暮らしてきた家を見上げるクダリに視線を投げる。

「クダリは不安ではありませんか」

呟くように言ったあと自分も家を見遣る。
何の変哲もない普通の家。
今まで暮らしてきた大切な家族のいる私たちにとっては大事な場所。
そこから出ていくというのは結構な勇気がいる。

「ちょっとだけね。でもノボリがいるでしょ。だから僕は大丈夫」

声だけで笑っているのがわかるような、明るい声でクダリは言った。
不安は完全には消えないけれど、クダリがいてくれる。クダリと一緒に生活が続けられる。そう思うと嬉しかった。

「それにこれからは二人暮らし。まるで新婚さんみたい」
そんなことをクダリが言うので恥ずかしいと思うと同時に少しだけ新生活が楽しみに思えました。

「け、結婚はしてませんが、これから二人で頑張って行きましょうね。クダリ」

これから始まる生活を新婚生活なんて例えられて、顔に熱が集まる。クダリはそれを否定されたことをちょっと拗ねつつも、すぐにいつもの笑顔に戻って明るく言う。

「うん。これからも宜しくね。ノボリ」

屈託のないクダリの笑顔を見て、今から始まる生活が良いものになるような予感がした。
鞄を持っていない方の手をいきなりクダリが手を繋いできて、少し恥ずかしいけれどそのまま強く握り返した。
家を出るのは名残惜しいけれど、そんな気持ちは噫にも出さず一歩前に踏み出した。




新生活って不安ですよね。
っていうそれだけ。

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