文章

□空中歩行
1ページ/1ページ

「暖かいね」
「そうですね」

炬燵に入ってぬくぬくしながらみかんを食べる。
冬の中でこれ以上の至福の時間はないでしょう。
もうすぐお鍋も食べ頃に煮え上がるころでしょうし。
この寒さのおかげでしょうか。
客足が鈍くなったおかげなのかサブウェイマスターの私達が同日に休暇が取れるなんて珍しいこともあるものです。
みかんの皮を剥きながらふとクダリを見遣るとすでにみかんの皮が残骸となり山を築いておりました。

「夕飯が食べられなくなりますよ」
「それとこれとは別腹!」

何が別なのかさっぱりわかりませんが、確かにクダリは胃がもう一つあるのかと思うくらいよく食べます。
それにきっとお腹がいっぱいでも私の料理を無理をしてでも笑顔で食べて下さるでしょう。
こんなことを思うのは思い上がりでしょうか。

「寒くて炬燵から出たくなくなるね」
「そうですね。このまま寝てしまいそうです」
「かぜひくよー」
「名残惜しいですがちゃんと布団で寝ます」

そんな他愛ない会話をしている内にいい匂いが居間にまで漂ってきて、手に持っていたみかんを急いで口に放りこみました。

「出来ましたね」
「わぁい!たまごたまご!」

炬燵から出た瞬間「寒っ」と小さな叫び声を上げてクダリは台所へと消えて行きました。
私もクダリと同じ心境で、急いで炬燵の上に鍋敷を敷いて鍋を持ってきます。
そこはさっきまでの残骸は消えうせていて、代わりに綺麗に食器が並べられてありました。
我が弟ながらいい仕事をする!
なんて心の中で思いながら席に着いてすぐに炬燵の中に入ります。

「あー!温い!」
「本当ですね!まさか台所があんなに寒いとは!」
「ほんとほんとー」

飛び込むように炬燵に入ってきたクダリは箸を手にとって満面の笑顔を私に向けます。
不覚にも胸が締め付けられるような感覚に襲われて、頬に熱が集まるとともに私の口角も上がり気味です。

「ノボリ!頂きます!」
「ええ、召し上がれ」

そこまで食に感心の無い私ですが、料理をするのが好きなのはクダリに食べていただきたいからかもしれません。
笑顔で食べてくれるクダリを見ていると作ってよかったと思えるのです。
ですが、みかんをあんなに食べた後だというのに、クダリの口に吸い込まれていく量には見慣れている私でも流石に閉口してしまいます。

「美味しいね。暖かいし」

ご飯を頬張りながら言うクダリは幸せそうで、私まで嬉しい気分になります。
ああ今日も寒い中台所に立ってよかった!

「あ、そうだ!」
「どうしましたか?」

クダリは急に声を上げて食べるのを止めたかと思えば、いきなり食器を持って炬燵から抜け出しました。
この寒い中、しかも食事中に何をしているのかと叱り付けようと開いた口は言葉を発することなくそのままの形で意図せず固定されました。
クダリは何を思ったのか、先程まで普段通り炬燵に向かい合わせに入っていたのに、私を左に追いやって狭い一辺に入ってきたのです!
今の私はまさに開いた口が塞がらない状態で、成人男性が二人入るにはこの一辺は狭すぎるわけでして。
自然に触れるクダリの肩が温かくて思わずドキドキとして参りました。

「これでもっと暖かいね!」

笑顔で言ったクダリの言葉に邪気など一遍もなくて、あれこれ考えていた私が滑稽に思えてしまいました。

「そうですね。ああ、そういえばデザートにプリンがありますよ」
「ほんとう!?やった!あーなんかぼく今凄く幸せ!」

食器を置いて抱き着いてきたクダリが暖かくてお鍋が美味しくて、プリンもあって、そんな小さな事が重なり合って幸せって出来ていくものなのだと、柄にもなく思ってしまいました。

「今、ぼく幸せ過ぎて空飛べる気がする!」

ぎゅうぎゅう抱き着いたままそう言うクダリに私も抱き着き返したら思わず笑い声が漏れました。

「ふふふ。空を飛ぶのは無理かも知れませんが、歩くくらいなら出来そうな気分です」
「いいね!一緒に散歩したい」
「クダリとなら出来そうな気がします」

出来る訳がないと頭では分かっていながらも、出来るような気になっているのはきっと温かさと幸福感にやられてしまったのでしょう。
食事中だというのにクダリにずっと抱き着いている私はクダリを叱れた立場ではないですね。
もうすぐ貴重な休日が終わるというのに明日の仕事のことも忘れ、しばらくクダリと二人思いを馳せておりました。

貴方となら、きっと空中歩行も夢ではないのでしょう。

END




ひよこ屋様よりお借りしました。
お題「特殊能力」




[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ