文章

□時間支配
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今何時だったっけ。
おやつはさっき食べた気がする。
支給されてた懐中時計はどこかにいっちゃったし、またカズマサに怒られちゃうな。

「クダリさん。お疲れ様です!」
「うん。お疲れ」

声を掛けてきたのは確かこの間入ってきた新人くんだったと思う。
てきぱきと手を動かしながらぼくに挨拶することも忘れない。
新人とは思えないような働きぶりで、今年は優秀なこが入ってきたなーなんてぼんやり思ってた。

「仕事には慣れた?」
「…ええ、大分」
「頑張ってね。ぼく、ノボリのとこいかないと!」
「はい。ちゃんと戻ってきてくださいね」
「うん!」

ホームで車両点検してるノボリを手伝わなきゃ。
ここは車両がいっぱいあるもんね!
朝も会ってるのにノボリに会うのが楽しみで、早く早くって勝手に足が走り出す。
廊下は走ってはなりません!なんてノボリの怒鳴り声が今にも聞こえてきそう。
なんだか早く行かないといけない気もするし、行っちゃいけない気もする。
よくわかんないけど、ノボリが待ってるから行かなくちゃ。
やっと着いた広いホームはお客さんも職員もいなくてシーンとしてる。
しかも地下だからちょっと寒くて湿った匂いがする。
こんな中でノボリを一人には出来ないよね!
きっとぼくが来るのをずっと待ってると思うんだ。

「ノボリー?」

ひとつひとつ車線を覗きながら声を掛けるけど、声もしないし姿も見えない。
どこにいるんだろう。
多分、ノボリが好きなシングルのとこにいるのかな?
目星をつけて中央の柱で見えなかったシングルの車線を目指す。
でもぼくはすぐにそこに入れなかった。
黄色いテープと立入禁止。
ただいまサブウェイマスター不在の為運営停止とさせていただきます。
そんな立て札が堂々と立っていて、ぼくは一瞬立ち尽くしてしまったんだ。
テープも看板も新しくて、昨日まで無かったはずなのに。
おかしいなーって思いながら侵入防止のテープを剥がしてグシャグシャに丸めていく。
サブウェイマスター不在だなんて、いい冗談だよね。
ぼくたちまで辿り着けないお客さんの悪戯かもしれない!
ちょっとムッとしながらもホームに下りてノボリがいないか確認してみる。
いるとすればここだと思うんだよね。
景品交換のカウンターを横目に見ながら見回してみるけど、どこにもノボリはいないみたい。
新品みたいな洗いたての車両がそこにあるだけ。
もっと奥の方で点検してるのかな?
車両の先の線路は青いビニールシートで覆われてて、走行出来ないようにされてた。
シートのせいなのかずっとこの車両は走ってないみたい。
運転席のレバーにホコリが溜まっててなんだか無性に悲しくなった。
悪戯もここまでくると質が悪いよね!
ガムテープで留められたシートを一気にめくる。
静まり返ってるホームにバリバリって音が響いて自分でびっくりしちゃった。
これで走れる!
そう思って満足げに線路を見た瞬間、ぼくの体は金縛りにあった。
シートに隠されてたことろだけやけに奇麗なレール。
コンクリートで囲まれてるのに土みたいな茶色い色の砂利。
なんだこれ。
なんだか動悸が激しくて、心臓と頭が痛い。
フラフラする体を支えようと思うのに、足に力が入らなくて立っていられなくて車両のすぐ脇にしゃがみ込む。
ぼくはこれが何か知ってる。
でも知ってるけど認められない、モザイクが掛かったみたいに肝心な部分だけモヤモヤしてる。
体がガクガク震えるのをとめらんない。
ここにいたくなくって、早く帰ろうって顔を上げたら車両とレールの間に見慣れた銀色が挟まってた。
なくした懐中時計。
半分潰れてもう使えないくらい壊れてる。
ああ、そっか。
あの日ノボリも壊れちゃったんだ。
潰れて蓋が取れた懐中時計は二年前の夕方で止まってる。
ちょうどあの新人くんが入ってきた頃で、ぼくは車両点検してるノボリに呼ばれてて、おやつ食べたらすぐ行こうって、思って。
その日はノボリ調子悪くて、バトルも負けて、懐中時計も家に忘れてぼくのを貸してたんだよね。
あー嫌だどんどんハッキリしてくる。
車両点検しにこのホームに着いたらすごい人だかりで、ノボリは今の懐中時計みたいになってた。
やだやだやだやだ!
ああああああああああ。
ぼくは認めない知らない解らないあんなことは無かったんだ。
家に帰ればノボリがご飯作って待っててくれてるんだ。
今日もご苦労様でしたって少しだけはにかんでぼくを出迎えてくれるの!
一緒にお風呂に入って、アイスを食べて、一緒のベットに入って寝るの。
明日も一緒にギアステーションに出勤してマルチに乗って強いこがくるのをお話しながら待ってるんだ!
書類整理しないのを怒られたり何日も徹夜して二人でフラフラになったり!
これからもずっと二人。
ここにあるのは全部幻!
それか質の悪い悪戯なんだ!
ビニールシートも黄色いテープも全部全部片付けなきゃ!
明日はノボリ調子いいかな?
先週入った新人くんに仕事を教えるって張り切ってたもんね。
あー。
早く帰ろう。
ノボリの作った暖かいご飯が食べたいな!
テープも立て看板もゴミに捨てちゃって、悪戯防止ポスターも貼っとかなきゃ。
片付け終わって小走りで事務所に戻ってきたら入社したばっかりの新人くんがまだ残業してた。
新人を一人にするなんてここの職員も薄情だなーなんて思った。
だからぼくはノボリみたいに新人をしっかり教育しないとね。

「やあ、こんな時間までご苦労様。もう仕事には慣れた?」
「ええ、大分」

そう言った新人くんの机には見たことある黄色いテープが置いてあった。


END


ノボリさんがいなくなってから時が止まったクダリさんのお話。


ひよこ屋様よりお借りしました。
お題「特殊能力」





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