文章

□無意味
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「ああ、どうしたら良いのでしょう。」

ああ、まただ。
ノボリが泣いてる。
ノボリは時々不安定になる。
だいたい仕事でミスした時が殆どかな。
寝不足のせいか、仕事量がやたらと多いせいなのか、ほぼ完璧に仕事をこなすノボリだって、たまにミスすることがある。
ぼくからしたらホントに小さなミス。
ただそれが重大な失敗に発展することもあるわけで。
完璧な指示をノボリは出してる。
でも指示を出す人を間違えてダイヤに乱れが出る。
従業員から提出された書類に抜けがあり、ノボリもそれに気づかなかった。
その書類は新車両導入に関するもので、導入が延期になった。
そんな感じ。
ノボリだけが悪いわけじゃない。
指示を出された人がノボリの指示通り動いていれば問題は起こらなかった。
書類だってノボリだけに確認とるんじゃなくて、ぼくや更に上の人に見せるとかダブルチェックが必要なんだ。
きっとこの職場はノボリを頼りすぎてる。
ノボリにしか出来ない仕事が多過ぎるのと、ノボリに頼めば間違いなくやってくれるっていう安心感。
それらのせい。
なのにノボリは自分を責めるんだ。
職場で起こる全部の失敗は自分のせいだって。

「私はこの仕事に向いていないのです」

ノボリが何度そういって瞼を赤く腫らしたかぼくはもう覚えてない。
その度にぼくはこんな酷い仕事は辞めてしまえって思う。
ぼくの主夫になって、家でぼくの帰りをあったかいご飯と一緒に待っていますって言ってくれたらどれだけ安心出来ることか。

「ノボリ。やめようか」

俯せになって泣いているノボリに声をかける。
ぼくはこの仕事をノボリと一緒に辞めるのに依存はないし、それでノボリの負担が軽くなるなら万々歳だ。

「…そうしましょうか。このままミスを続けていたら、私は、いつかお客様を、殺してしまうかも知れません」

掠れた声で返ってきた返事は内容まで暗くて、なんだかぼくまで泣きたくなってきた。
顔を上げてこっちを見たノボリは酷い顔。
多分、辞められないって分かってるから。
今までに何度か辞表を出したんだよね。
最初は知らない内に揉み消されて、次は仕事の引き続ぎをしてる内にうやむやに。
次はなんだったかな。
そんなことが何回もあったら辞めさせる気がないって分かっちゃうよね。
泣き寝入るノボリを見たくなくて、でも問題は解決しなくて。ノボリはミスをしてお客さんを殺すかも知れないっていうけど、バトルサブウェイはノボリを殺すかも知れない。
ノボリがいなきゃぼくがいる意味もないわけで、結果的にぼくも殺すことになる。

ああ、やめよう。
難しいこと考えるのは。
ぼく、疲れちゃった。

「じゃあまた辞表書かなきゃね」
「そうですね」

赤い目を擦りながらノボリは少しはにかんだ。
明日は腫れて大変なことになるんだろうな。
ノボリの向かいの椅子に座ってペンと便箋を取り出す。
どうせ明日からも仕事は続くんだろうな。

何度目かわからない無意味な行動を無意味だってわかっていながらぼくらはきっとこれからも繰り返すんだ。


END


ただ私が職場で失敗したってだけ。




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