文章

□蝦夷菊
1ページ/4ページ

ノボリ兄さんが事故にあった。
ホームから線路に足を滑らせあやまって転落。
幸いにもにもその日は線路の修復工事中でトレインは走っていなかったから最悪の事態にはならなかった。
ただ、頭を強く打って脳震盪を起こしたのと、線路にお腹を打ち付けたから兄さんは病院で精密検査をすることになった。

検査なんてあっという間に終わってしまって、入院も一日だけですんだから、僕は何ともなかったんだって帰ってきた兄さんを見て思ったんだ。
いつもと変わらない兄さんの笑顔を見て僕は本当に安心して、恥ずかしくも大声をあげて泣いてしまった。

「大丈夫ですよ。クダリは泣き虫さんですね」

そう言って笑う兄さんの頭には包帯が巻かれてた。

それから何日もたった頃から僕は違和感を感じるようになった。
最初は兄さんの顔色が悪いなって事。
多分仕事の疲れとか、寝不足とかそういった類のものだと思ってた。
だから兄さんに仕事を休むように勧めて、家事もなるべく僕がするようにした。
でも根本的な仕事量が変わらないからあんまり意味がなかったかもしれないな。
現に兄さんの顔色は良くならなかった。
次は手をつないだ時、指が前よりも細くなってる気がした。
でもこれは僕の勘違いかもしれないって考えて、自分の手と比べてみたりしてた。
決定的だったのは僕が少しふざけて兄さんに抱きついた時だった。
勘違いなんてするはずがないほど、兄さんの肩が薄くなっていて、止めるのを無視して抱き上げたら驚くほど軽くなってた。
焦ったような、申し訳なさそうなそんな顔の兄さんを見てまた僕は泣きそうになった。

次の日僕は兄さんの許可も取らず僕達を休みにしてすぐに病院へ向かった。
職場のみんなには悪いけど僕にとっては仕事よりノボリの方が大切なんだ。
気がすすまなそうな兄さんを説得してさらに精密検査をしてもらうよう手続きをした。
血液検査からレントゲン、MRIやCT。
なんでもいいいから兄さんの不調の原因を突き止めたかった。

数日後に医師から診断を受けたのは消化器系の異常。
更に脳の感覚神経に一部異常があるとのことだった。
頭が真っ白になって、僕はただただ先生の話を聞いていることしかできなかった。

消化器系の異常のせいで、兄さんはものを食べてもそれから養分を吸収することができないらしい。
更に感覚神経の異常からこの先、視覚や聴覚、味覚や内部感覚が感じられなくなる可能性がある。
そんなとことを先生がカルテを見ながら淡々と話してて、僕はどうしていいか分からなくなった。

最終的に現在の医療技術では完全な治療は行えない、もっと大きな病院に入院するようにと言われて終わった。
どうしろっていうんだよ。
兄さんをみると前より明らかに細くなって顔色も悪いのに僕に笑顔を向けていた。

「大丈夫ですよ」

そう言って笑った兄さんは心配する僕を他所に、ふらっと何処かへ出かけて行って音信不通になった。
ジュンサーさんに捜索願を出そうとした時、何事もなかったかのように帰ってきて「もう平気です」って言って僕のこと抱きしめたんだ。

兄さんからはお日様みたいなとってもいい匂いがして、勝手にいなくなった怒りとか不安とかその他諸々が少し溶けた気がした。

無事に帰ってきてくれた。
どこも怪我してない。
ちゃんと生きてる。
それだけで僕はもう嬉しくて、兄さんがどこに行っていたのかなんて考えられなかった。
考えたくもなかった。

だってそうでしょう?
こんなにあったかくて優しく笑ってるのに、帰ってきた兄さんは前とは変わってしまってたんだから。

兄さんは植物人間になっていたーーー。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ