文章

□・混入物有麦茶
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※捏造鉄道員あり



「私、もう弁慶と結婚します
!」
「僕はこまちちゃん!」

職場ではほぼ耳にする事のないそんな話題と会話が休憩室から漏れて来てわしは思わず足を止めた。
今は定められた休憩時間より大分遅い時間であり、尚且つ他の職員は既に帰寮したあとである。
今残っているのはボス達と見回りをしてるわし、残業の事務のおばちゃんぐらいで、ここにいるのは声からしてボス達に間違いはないだろう。
結婚とはまためでたい話をしているものだ。
年末に向けて忙しくなっていることに加え、月末の決算も重なったこともあり、ここ最近我らがボスの休んでいる姿をわしはみた気がしないけれど。
それも遂に現れた婚約者の為かと納得がいって、疲れているであろうボスらにコーヒーでも奢ってやりながらちゃかしてやろうと意気揚々とノックをして休憩室の扉を開ける。
しかしそこは開けた瞬間後悔したくなるような、げんなりする風景が広がっており職員達が帰った後で良かったと一人ため息をついた。

「なにしてはるんですかボス」
「あ!カズマサ!まだ仕事してたの?」

どこか虚ろな目でこちらを見た白ボスはきっと眠気がピークに達しているのだろう。
頭ががくがくと前後に揺れカフェオレにさえ砂糖と生クリームをいれて飲む甘党なのにブラックのコーヒーをヤケクソの様にがぶ飲みしている。
真っ白だったコートの袖口は事務仕事のせいで黒ずんでいていつもの爽やかさが感じられない。

「お疲れ様です。カズマサ」

白ボスよりもひどい有様の黒ボスは見ているこっちが泣きたくなるような風体だ。
目の下に色濃く主張しているクマ。
汚れるから外したのだろうか。手袋を外した手の指にはひどいペンだこが出来ていてとてもペンなど握れるような状態ではない。
机の上に並んだ小瓶はビタミン剤に眠気覚まし、その他もろもろのサプリメントで、食事をとっていないんじゃないかと背筋が冷えた。
そんな状態のくせに、さらにここは休憩室だというのに、書類とノートパソコンを持ち込んでいるボス達に心配を通り越して唖然としてしまった。

「自分等、ちゃんと寝とんやろな?ひどい事になってんで」
「寝てたよ?先月の半ば頃まではしっかり」
「過去形やないか!黒ボスも普段からわしらに無理すんなってあれほどゆうとるやんか。自分等がせな示し付かんやろが!」

ガリガリと書類を書く手を止めずに黒ボスはこちらを見ると普段とは打って変わった笑顔を見せた。
いつもだったら驚く所だが、今はただ疲れている所為で上手く表情筋がコントロール出来ないだけだとわかっている。
伊達に長いことボス達と付き合っていない。
だからこそ普段から無理するなと口を酸っぱくしているのに、聞き入れずにそんなに無茶をするのか疑問に思わずにはいられなかった。

「私、この作業が終わったら弁慶と結婚します。だから頑張って早く終わらせるんです」

ここでそれが出てくるのかと先程廊下で聞こえて来た会話が思い出された。
はっきり言って意味がわからない。

「あのスラリとしていて、黒々と艶やかなフォルム。細身でありながら力強い動きは流石雪国育ちだとしか言いようがございません!そしてあの汽笛の音がもう高すぎず耳に染み入るようで素敵なのです」

うっとりと夢を見るように目を閉じて語る姿は、本当に疲れているんだなとこちらまでげっそりしてしまう。
黒ボスの語りを聞いていた白ボスはガクンと頭を傾けてニコニコと笑いながらいった。
正直言ってかなり怖い。

「ぼくはこまちちゃん!あの白とピンクの可愛い姿と小柄で丸いフォルム!しかもスーパーこまちとかどんどん進化してぼくを飽きさせないの!ほんと素敵だよね」

にこにこ首を傾けている白ボスは普段を知っている身からすると不気味で仕方が無い。
汽笛の音にスーパーこまち。
明らかに人間の話ではなくて、正気の沙汰とは思えない。
そんな事を思っているとは知らないボス達はこちらから視線を外すと熱く自分の"嫁"について語り始めた。

「私、また玉手箱に乗りに行きたいです。あの白黒の姿に二両編成という風貌は親近感すら感じます。仕事がひと段落したら正月の振替休日を使って乗りに行きましょう!」
「いいね!ぼく江ノ電にも乗りたい!沿岸を走る緑と茶色の電車が凄く雰囲気いいの!こじんまりしてて中も可愛いんだよね。絶対に切符買って乗りたい!」

そんな楽しそうに話しているのに仕事をする手を止めないのだからほんとにこの人達は廃人だと思う。
会話のBGMが書類を書く音とキーのタイプ音だなんて笑えない。

「自分等さっとと寝たらええやないか。そないなことゆうとっとまた無茶しよる。旅行の予定立てんのはええけど体調万全にせな意味無いやろが」
「電車に乗るためなら這ってでも進めます!」
「ぼくも!プリンも我慢できちゃうよ」

顔をこちらに向けるスピードすらとてつもない。
怖い。
毎月こんな生活サイクルを送っているのかと思うとこちらまで気が滅入ってくる。
蘭々と輝く目を見るとよく言われる行き過ぎた趣味は身を滅ぼすという言葉をとてもよく理解出来た。

「んじゃあ頑張る自分等にコーヒー入れて来たるさかい、しっかり休憩とるんやで!」
「ありがとうございます!丁度欲しいと思っていました」
「ぼくも!カズマサありがとう!」

笑顔のボスたちを残して給湯室に向かうがやっぱり作業の音が止まる気配はない。
ほんとうちのボスたちは仕事と電車廃人でわしの胃にダメージを与えてくる。
ため息をつきつつ毎月恒例となっている、わし特製ブレンドのコーヒーを振舞ってやろうと意気込んで腕まくりをした。



END

特製ブレンド
用意するもの
・温めたマグカップ
・かなり濃くいれた麦茶
・粉末の遅効性睡眠薬

疲れている時にオススメ!




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