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「魔道器などなくてもなんとかなる」

誰もがそう思えるようになってからどれくらいの時間が経ったのだろうか。
世界情勢がめまぐるしく変わり、奔走していた毎日を思い返せばとてつもなく長い時間が経ったのではないかと錯覚してしまう。世界の有り様が変わって皆が協力をしなければならないという時世にもかかわらず、過去の権力にしがみついて好き勝手しているお貴族様にはいい加減辟易してしまうのも仕方のないことだろう。
魔導器がなくなった不便さを埋め合わせようと、横暴な言動を振りまく執政官は後を絶たず、ギルドの仕事をしながら街を回ってつい面倒な話に関わってしまうということも仲間の性格からか多くある。
魔導器を無くした張本人である、俺たち凛々の明星は執政官の中でも噂程度に広まっているらしく厄介ごとが起きることも度々あり、貧しくても活気あふれるこの下町に帰ってきたのももう半年振りになるだろうか。
夕暮れ時もとうに過ぎた薄暗い街路を相棒と歩けば、途端に懐かしさがこみ上げてくる。

「ここに帰ってくるのも久々だな」
「ワフッ!」

ポツリと呟くように言えば相棒は答えるかのような鳴き声を上げ、先に立って歩き出した。 眼前で尻尾が左右に振られ、同じ思いを抱いているだろうことは容易に想像が出来た。
魔道器に変わって主流になり出したオイルランプは頼りなさげに揺れながらぼんやりとした灯りであたりを照らし所々に闇を作り出している。 暗くとも迷うことのない足取りで自分の寝ぐらへ歩みながら周りを見渡してみれば、井戸から水を組み上げる人、オイルランプへオイル補充をする人、火薬を使って火を起こし料理する人など様々な仕事をする知り合いたちが見て取れた。
軽く手を挙げて挨拶をすれば口々に話を振られ、帰ってきたんだなだなんて柄にもないことを考えてしまった。
なんら問題なく生活を送る下町の住人を見ていると、順応性が高いのであろうが、前からそうやって暮らしていたのではないかと思うほど違和感がない。
世界が上手く回っている。
そう思えば、選んだ選択肢は間違っていなかったのだと自信が持て、少しだけ安心した。

「よっと。ここも半年振りか」
「あら、ユーリ、ラピードお帰り!」

箒星のドアを空ければ女将さんが満面の笑みで迎えてくれて、顔がほころぶと同時に気恥ずかしくなってしまう。前よりも明るく感じられる店内も以前と何ら変わりはなく、ほっとしたのか自分でも知らない内に溜め込んでいた疲れがどっと感じられた。

「疲れてるんでしょ。お夕飯はもう食べたの?」
「ああ、ちょっと上で休ませてもらうわ」
「ワォン!」

店内を満たすいい匂いに心ひかれたが、お客達へ軽く挨拶をして足早に二階へ向かう。鍵もかかっていない借屋に入れば少し埃っぽい空気が漂っているが、それでもすぐに休めるよう手入れされてあるのは優しい女将さんの好意なのだろう。
今日はもう遅いから、礼は明日にするか。倒れこむようにベッドに身を投げ出せば途端に睡魔に襲われて、意識が遠のいていくのが感じられた。

「何かあったら、教えてくれ」
「ワンッ」

相棒は窓辺で丸くなると自信ありげに耳をピンと立て一声鳴いた。
それを確認するや否や、疲れ切っていた体を動かすことも出来ず意識は吸い込まれるかのように落ちて行った。


「ユーリ!ユーリユーリ!大変だよ!」

騒々しい音に目を覚ませば、日がようやく昇りだした頃だろうか。
ばたばたと慌ただしく叫びながら階段を登ってくるのは声からしてテッドだろう。
昨日の夜帰ってきたばかりでまだ朝も早い時間だというのに、一体どこで自分が帰ったと知ったのだろうか。狭い下町を痛感しながら体を起こせば、思いの外熟睡していたのだと驚いた。

「ユーリ!大変なんだ!」
「わかったわかった!どうしたんだよ」

ドアを開けて見れば丁度階段を登り切ったテッドが肩で息をしながら口をパクパクさせていた。

「人が落ちてたんだ!」
「落ちてた?そういうのは倒れてたっていうもんだろ」
「違うんだよ!空から落ちて来たんだって、見た人がいるんだよ!」

手を慌ただしくバタバタさせながら言うテッドは少しだけ前より身長が伸びていて、そろそろ信憑性の無い話は信じないようにと教えなければいけないな、と場にそぐわない決意を固めた。

「人から聞いた話だけど、夜空を見上げてたら流れ星みたいな動く星が見えたんだって!途中で二つに分かれたと思ったら一つが下町のほうに落ちて、見に行ったら人が落ちてたって言ってた!」

目をキラキラさせながら熱弁をふるうこの姿を見ると、この場で何を言っても聞かないんだろう。空から人が落ちてきたからって、俺が一体何をすればいいんだか。訝りながらも確認にはいかなければならないのだろう。もしかしたら精霊の類かもしれないし、防御魔導器がないから魔物ということだって考えられる。ことによっては厄介なことにもなりかねない。

「それで、そいつは今どこにいるんだ」

今だ宇宙人だかを語っていたテッドはハッとすると、近くの一軒を指さした。

「ハンクスじいさんの家で寝てるんだって。でも本当に宇宙人だったら一人じゃ見に行けなくて」

自分を呼びに来た理由が分かって笑い出しそうになったが、どうやらテッドは真剣らしい。口には出さないが、人が落ちてきたとしても宇宙人はないんじゃないだろうか。

「ラピード。お前も行くか?」
「ワフッ」

当然だとでもいうように一声ないて立ち上がった相棒は、興味深そうにじいさん家へと視線を送っている。

「行こう!ユーリ!」

一気に気分を良くしたテッドは小走りで階段を駆け下りて行く。体は大きくなってきてもまだまだ幼い反応で、子供好きのラピードはこちらを一瞥した後それを追うように軽く走って家へ向かっていった。

「そんなに走ると転ぶぞーって、聞いてねぇか」

あっという間に見えなくなってしまったが、ラピードがついていれば問題はないだろう。慣れ親しんだ下町の喧騒に早くも再会できて、懐かしいんだか慌ただしいんだか言い表せない思いが苦笑となって口からこぼれ出た。

「ほんと、変わらねぇなあここは」

ラピード達はきっとハンクスじいさんの家にもうすぐ着くころだろう。テッドがじいさんを困らせる姿が容易に想像できて、また笑いそうになるのを堪えながら小走りで階段を駆け下りた。




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