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「邪魔するぜ。久しぶりだな」
「おお、ユーリ。帰っておったんじゃな」

椅子に腰かけたハンクスじいさんに促され家へ上がらせてもらい中を見渡せば、どうやら奥の寝室にそいつはいるらしい。興味深そうにそいつをのぞき込んでいるテッドはまだ宇宙人説を信じているのだろうか、触ろうと手を挙げては途中でびくついて止めるのを繰り返している。
その様子を眺めていたラピードはこちらに気が付くとすぐに足元によって来た。スンスンと鼻を鳴らすラピードには警戒の色も緊張感も何も感じられない。

「何か、あいつに変わったところはあったか?」
「ゥワンッ」
「そうか、お前がそう言うならそうなんだろうな」

まったく警戒していないラピードを見れば、そいつが魔物でないことに間違いはないのだろう。姿は見ていないから何とも言えないが、大きさや布団の盛り上がり方を見れば精霊とも違うようだ。
そうなれば行き倒れか、酔っ払いか。いずれにしても大した問題ではないだろう。

「じいさんが連れて帰ってきたのか」

横目に見ながら聞けば、じいさんは少しだけ苦笑いをしてテッドたちの方へ視線を移した。

「ああ、昨日の夜に急に外が明るくなったと思ったら、路地裏に倒れておっての。そのまま寝せておくわけにもいかんしつい、な」

そう言う声や眼差しには温かみが感じられる。ここにもほっとけない病がいたのか。仕方ないと笑いながらいうじいさんは少しも迷惑に思っていないようで、皮肉でもなく本当に大きな人だと思う。
穏やかな口調で話すじいさんは、本当に孫でも見るような目で寝室を眺めていて、ほっとけない病がかなり進行しているなだなんて馬鹿らしいことを考えて尊敬の念を打ち消した。

「こんな時世じゃからな。路頭に迷う人や食うに困る人も大勢いるんじゃろうよ。まあ、わしもそいつらと生活に大差はないんじゃがな!はっはっは」

最後は茶化すように豪快に笑いながら言って椅子から立ち上がると、寝室で静かに見つめているテッドの肩を軽くたたいた。まったく後ろを気にしていなかったテッドは変な声を上げながら飛び上がって、じいさんに何か言っている様だ。

「せいぜい下町の住人が一人増えるってくらいで、特に問題はなそうだな」

「ワン!」

役目は終わったが、話のタネにそいつの顔でも拝んでやろうとラピードと共に寝室へ入る。さすがに4人とラピードもいれば狭く感じるななんて思いながら、じいさんのベッドを占領するそいつを見下ろせば、オレンジがかった明るい赤髪の少年が横になっていた。髪との対比があるせいか少し、いやぎょっとするくらい肌が白く、ちゃんと息をしているんだろうかと不安になる。これはじいさんでなくても拾って帰らなければ夢見が悪くなるな。一人で納得しながらピクリとも動かない手に触れてみれば、色の白さに比例するようにひんやりとしていた。それでも静かに胸が上下しているのだから最悪の事態ではないのだろう。

「ユーリ。この人すごく冷たいね」

俺が触ったことで安心したのか、恐る恐る手に触れたテッドは心配そうに顔をゆがめてこちらを見た。目蓋も口も閉じられたままで、この冷たさまで加わればもう目を覚まさないんじゃないかときっと誰もが思うだろう。

ぐー。

心配からか誰も口を開かないシンと静まり返ったなかで、間の抜けた音が響き渡った。一斉にそちらを見ればテッドが真っ赤な顔でうつむいており、思わず吹き出してしまいそうになるのを俺は必死に堪えたのに、それに構わずじいさんは大声をあげて笑い出した。

「ははは、お前さんのことだから朝飯も食わんで出て来たんじゃろう。ほら、早く帰って食ってこい。じゃないと女将さんにどやされるぞ」

大きな手でわしわしと頭を撫でながらじいさんがいうと、場が一気に気が抜けてしまった。テッドはまだ恥ずかしそうにしていたが、もう一度腹の虫が鳴ると観念して腹を抑えながら立ち上がる。

「....じゃあ、朝ごはん食べたらまた来るよ!ユーリも一緒に来てくれてありがとう」
「おう、またな」

まだそいつが気がかりのようだが空腹には勝てなかったらしい。手を振りながら出て行くテッドを見送ってじいさんの方を向けば、まだ笑いの虫が収まらないのかくつくつと笑い声を上げている。
見られていることに気が付いて気恥ずかしそうに咳払いをしているが、あんなに大笑いしておいていまさら遅いと思うのは俺だけだろうか。

「ユーリ、時間があるんじゃったらもう少しここにいてくれんか。治癒術師を呼んできたいんだが」
「ああ、俺は大丈夫だから行ってきてくれ」
「悪いな。ちっとばかり頼んだよ」

きっと俺が断らないことを見越していたんだろう。言いながらドアへと足を進めているのだから、テッドも含め下町の住人には本当に敵わない。今更考えてみれば治癒術師のいる診療所までは少し距離があるからじいさんの足では少し時間がかかるかもしれない。自分が行けばよかったかとも思うが、留守番を引き受けてしまった今ではただまって待っているしかないだろう。
それにしても、ここに来てからそれなりの時間が立つが、この新人さんは一向に起きる兆候は見られないのだから本当に大丈夫なのだろうか。やばい病気を持っていたりしたらじいさんに迷惑がかかるし、もし迷子や家出だったとしたら家に帰してやらなければならない。ただの行き倒れであれば面倒も見てやれるんだが、話をしようにも起きてくれないことには進みようがないのだからどうしようもない。
もう一度冷えた手を取ってみるが、先ほどと何も変わっていないような気がする。エステルみたいな力があればすぐにでも直してやれるんだろうけれど、あいにく俺にはそんな特別な力はないしハンクスじいさんと治癒術師を待つほかない。

「ワォン」

考え事をしていたせいか、鳴き声にはっとして相棒を見やれば、ラピードは立ち上がってこちらではなく新入りの方を心配げにみている。



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