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「めん.....っさ......ご...い」
「...ルーク?」

俺の部屋にルークが来てから3日目の夜だった。何事も問題なく下町の雑務をこなしてやっとルークも下町に慣れてきたと感じられるようになり、俺もほっとしていた矢先のことだった。
俺の側に付いているだけだとお礼にならないだとか息巻いて、自分から仕事を探すルークは偉い奴だなんて素直に感心すらしている。が、やることなすこと不器用なためかやった事がないのか、どちらもなのかはわからないが上手くいかないことが多く、俺も退屈しない2日間が続いた。
やはりあまりやり慣れていないらしい町の清掃をして、すっかり疲れていたルークを思いやって早めに横になったのだが、深夜もまだ回りきっていない時間にふと苦しげな声で目が覚めた。
横で丸くなっていたラピードもばっと飛び起き、心配そうな視線をルークに投げている。

「おいルーク大丈夫か!」

床に敷いた借り布団から急いで起き上がってベッドを見れば、以前見たのと同じ光景がそこにあった。
白すぎる肌と噴き出し続ける異様な量の冷や汗。震える体と苦しげなうめきは聞いていて胸が締め付けられるように不安感を煽られる。
声を掛けても一向に起きる様子はなく、前回と同じように肩を強く揺さぶってみるが、がくがくと体の揺れが大きくなるだけで、むしろ息が浅くなったように感じられ一抹の不安を覚えた。

「っひ....ごめ...さ...な」

過呼吸のように速くなる呼吸は苦しげでさらに揺らす手を強めてみる。

「ルーク!起きろ!」

眉がつらそうにひそめられたと思ったら、震えながら目蓋が持ち上げられ潤んだ瞳が月に照らされた。
ルークは酸素を求めるように浅い呼吸を繰り返しながら、目の前に居る俺ではなく何かを確認するように辺りに視線をさ迷わせている。その瞳は月に照らされながらもどこか作り物めいていて一瞬ではあるがぞっとしてしまった。
肩から手を離してルークを見つめてみるが、心ここにあらずといった風で呼吸を整えながらゆるゆると起き上がった。

「...ルーク、大丈夫か」

声を掛ければやっと俺が居ることに気がついたのか、何の感情も浮かべていない顔をこちらに向けはっとしたように驚きの表情を浮かべた。

「ご、ごめん、煩くして」

まだ早い呼吸で焦ったように言うルークは出会ったときのようにおどおどとしており、あの時と同じように周りを見回しては落胆したように俯いている。

「いや。水汲んでくるから、ちょっと休んでろ」
「...悪い」

ラピードに目配せをすれば何も言わずうなずいて、宥めるかのようにルークの冷えた手に顔をこすり付けている。その頭を逆の手で撫でているルークはやはりどこか遠くを見ているような印象を受け、自分の動く手をまじまじと見つめていた。
最近買い揃えたルーク用のカップをとってドアへ向かえば、聞き取りにくい呟きのような声が耳に掠めるように聞こえた。

「...どうして俺は生きてるんだろうな」

聞こえなかったふりをして外に出れば、夜風が髪をさらって汗ばむような嫌な暑さを吹き飛ばしていく様だった。聞こえた声はまるでからっぽのような、それでいて腹の底から吐き出されるような重いもので、昼間とは打って変わったものだった。
誰しも一度くらいはどうして自分が生まれて生きているのか疑問に思うことはあるだろうが、あそこまで深刻に夢にまでみてうなされるほど考えたことがあっただろうか。ここに来る前にいったい何があってあそこまで思い悩むに至ったのか、俺には見当もつかないが、俺が今までしてきたことを思い返せばその悩みも大したことはないのではないだろうか。俺は家宅侵入から人殺しまで大体の悪事は経験してきた大罪人であり、自虐的になることも後悔することもないわけじゃない。しかし、あんな年端も行かない少年が夢でまで何度も許しを請わなければならないほどのことをしでかしたとは到底思えない。
カップを軽く水でゆすいでから汲んで戻るが一瞬ドアを開けるのを躊躇ってしまうのは先ほどの生気のない表情と声のせいだろうか。それでもゆっくりとドアを開ければ穏やかな顔でラピードの背中を撫でるルークがこちらへ顔を上げ、申し訳なさそうに、それでも表情のある顔で出迎えてくれた。
それに安心しながらカップを手渡せばまだ冷たい指先が軽く触れた。静かに水を飲む姿を確認したラピードはまだルークの様子が気になっているのだろう。そばでその喉が上下するのを声もなく見つめている。その気持ちは分からなくもないが、ラピードがそこまで誰かに関心を持ち気にかけているというのも余りないことで少し驚いてしまった。それくらいルークは危なげだということだろうか。
ふとそう思いながらラピードから視線を移せば、一気に水を飲みきったルークが3日ぶりに見る引きつったような笑みを浮かべていた。

「ありがとう。...ごめんな。やっぱり俺、出て行くよ」

カップを机に置いてふらふらと立ち上がろうとする姿はあきらかに覇気がなく、先ほど呟かれた台詞から考えてみてもこの先一人で外に出すだなんて良い予感がしない。

「おいおい、そんな状態でどこ行こうってんだ」

手首を軽くつかんでやればそれだけでバランスを崩すのだから、深夜の下町にこんな状態で出て行くだなんてまさに自殺行為だ。短い期間であろうと一緒に衣食を共にした奴に何かあっては夢見がよくない。

「それとも、ここにいるのが嫌になったのか」

問うように言えば小さく横に首が振られ、顔は見えないが震えるようなか細い声が静かな部屋に響いた。

「俺はユーリに迷惑ばっか掛けてる。それに、俺は、ここで生きている意味が分からない」

搾り出されるかのようなそれは慟哭のように苦しげで、まるで自分を傷つけるために吐いているのかと思うくらい辛さを帯びた呟きだった。

「だったら、生きる意味を探せばいいじゃねぇか」

ルークはばっと振り向くと泣き方を知らない子供のようにひどい顔をしていた。どうしてこんな顔をするのだろう。辛いときはそう言えばいいし、泣きたい時には声を上げればいい。ルークをこんな風にさせた原因は分からないが、それに無性に腹が立った。

「俺は全然迷惑なんかじゃねぇし、お前が来てまだ数日だけど押し付けてくれたじいさんに感謝もしてんだぜ。もし意味が分からないってんなら意味を見つけりゃいい。俺はお前を追い出したりなんかしねぇからよ」

掴んだ手を離しながらそう言えば、ルークはやっぱり泣きそうで、それでいてどうしたらいいのか分からないといった顔をして小さく頷いた。

「ルークが本気でここや俺たちが嫌になって出て行くってなら止めねぇが、やっとあんたといるのが楽しくなってきたってのに勘違いで出て行かれたらたまったもんじゃない」

にっと笑って言えば、儚げでも今までの緊張が解けた自然な笑顔がルークの顔に浮かんだ。今までのぎこちない笑顔とは比べ物にならないくらいの笑顔は俺のほっとけない病を進行させるのに効果的面だったらしい。こうなったらこいつを満面の笑顔で笑わせてやる。
人知れず勝手に決意してルークの手首を掴んで思いっきり引き寄せれば、ふらふらとしていたルークはうわっと驚きの声を上げながら倒れこむようにこちらに飛び込んできた。それを軽く受け止めて俺の借り布団に二人して横になればラピードも一声吼えて布団に飛び込んできた。

「ちょっ、ユーリ何するんだよ!ラピードも危ないじゃねーか!」
「いいから寝ろって。ちゃんと受け止めてやったんだし、いいじゃねぇか」
「みんなで入ったら狭いだろ。俺は戻る!」

手首を振りほどこうともがきながら布団からはいずり出るルークはさっきまでの生気のない様子からは考えられないほど自然だ。それをラピードと共に止めながら布団でくるんでしまえば戸惑ったように目がさ迷う。

「お前のベッドは汗で冷たくなっちまってるだろ。今日はだまってこっちで寝とけ。ほらラピードもそう言ってるぜ」
「ワォーン!」

こういうとき相棒は何も言わずとも意図を汲んでくれるから助かる。俺とルークの間に陣取ってルークをじっと見つめている姿はまるで子供をあやす親のようで、微笑ましくさえ思えるのだから不思議なものだ。

「...っふふ、ははは!はぁ、誰かと寝るのなんていつぶりだろ」

観念したように手の力を抜いて笑ったルークはやっぱりどこか困り顔で、俺の決意が果たされるのはまだまだ先だということがうかがい知れた。

「明日も下町の仕事するんだろ?さっさと寝ねえとまた今日みたいに水路に落っこちるぞ」
「!!明日はそんなへましねーって!」
「はいはい。んじゃ、明日こそはルークの勇姿が見られる様願ってるぜ」

掴んでいた手を離してひとしきり笑ったあと、静かで穏やかな寝息が聞こえてきた。ラピードと顔を見合わせた瞬間、自分も安心したためかふっと睡眠欲にかられる。ルークほどではないにせよ、俺も大分疲れていたんだろう。ラピード越しにルークの寝顔を薄目に見ながら、先ほどの態度を思い返せばまだまだ不安要素は後を絶たないし、俺に付けられた監視役だったはずだが、監視していないと危なっかしいのはいったいどっちなんだか。考えなければならないことは多くあるが、それは明日に回してしまおう。回らなくなってきた頭で考えながら目を閉じれば途端に意識が遠のいていくのが感じられた。その日、朝まで俺たちは起きる事はなかった。




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