to

□8
1ページ/1ページ

「...オールドラントか、ごめん。聞いたことはないな」
「そうか、お前でも知らないとなるとよっぽどの秘境にでもあるんだろうな」

日も暮れてきたころになって、フレンは俺の部屋へ訪れた。フレンと別れてからのルークはいつもより一層仕事の手伝いに力を入れて取り組んでおり、はた目から見ても無理に頑張ろうとしているように見えた。時折空を見上げるようにどこか遠くを仰ぎ見てはため息をついて更に仕事を探すということを延々と繰り返し、それを見かねたおかみさんがルークを店へ拉致したのはついさっきのことだ。ルークは今頃おせっかいやきのおかみさんの大量の料理に囲まれて、人生相談なんて洒落込んでいるのかもしれない。それに答えられず、あわあわと視線を彷徨わせるルークを簡単に想像することが出来、俺も大概ほだされたもんだと苦笑が漏れた。
最近はすっかりルークの定位置となっている向かいの席に腰かけるフレンは、思い出すように低く唸り声を上げて考えているがやっぱり思い当たる節はないのだろう。申し訳なさそうに眉をひそめる姿は見慣れたもので、気の置けない奴と話すのは楽だだなんてしみじみと思ってしまった。

「それで、俺に聞きたい事ってのはなんだ?」
「急に現れたっていう、光る剣のことなんだ」
「光る剣?」

フレンの口から発せられたのはまた眉唾物のような信じがたい話だった。フレンはポケットから月の光を浴びて鈍く光る宝石のような小さな石を取り出すと、おもむろにテーブルへ置いた。掌に収まるくらいの小さな石なのに、やけに存在感を放っていて不思議な印象を受けた。その石を見つめながら、その光る剣だとかいう物の情報が入ってすぐに実際に見てきたのだとフレンは話す。

「これは剣の近くに落ちていた石らしい。普通に触れるし、特に異常は見られないんだけれど、地域住民が念のためにと届けてくれたんだ」

手に取ってみれば、確かに触れる事が出来るし、ひんやりとした手触りも不審な点はない。いってみれば、ただの光沢のある小石だ。

「光に当たってすげー光ってる。とかじゃねぇのか」

小石を弄ぶように手の中で転がしながら言えば、フレンはその状況を思い出しているのだろう。俺から小石へと視線を移して少し考えると、簡潔に説明をする。

「それがどうやら違うみたいなんだ。オルニオン付近に急にあらわれたその剣はマナのような特殊な膜に覆われて誰にも触れる事が出来ないらしい。エアルクレーネとはまた違った新たなエネルギー源として元アスピオの研究員たちも研究を始めるらしいけど、もしユーリが何か知っている様なら聞かせてもらえないかと思ってね」
「そんなもんがあったとは、悪いが初耳だ。リタなら何か知っているかもしれないから聞いといてやるよ」
「悪いね。急ぎではないんだけど、そのエネルギーが兵器などに転用されたら大変だからね」

本心から平和について語るフレンは相変わらずで、本当に昔から変わらない奴だと安心してしまう。オルニオンから帝都へ一直線で帰ってきたのなら、剣がそこに現れたのはせいぜいこの一、二週間の内だろう。自然現象で剣が生えてくるなんてことはあり得ないのだから、誰かが置いていったのかもしれない。なんのためにそうしたのかは分からないが、その時期がルークの倒れていた時期と重なっていて少し引っかかるのは俺の考え過ぎだろうか。

「...光る剣と光の中から現れたルークか」

呟くように言えばフレンが興味を引かれたように顔を上げた。説明してやろうと口を開きかけた時、突然静かにドアがあけられた。
話に夢中になっていたせいか昇ってくる足音も聞こえなかったため一瞬身構えてしまったが、そこに立っていたのは苦しげに腹を抑えたルークだった。
同じように剣に手をかけていたフレンは俺と顔を見合わせた後、ふっと力を抜いて椅子に座りなおしてルークへ視線を送っている。

「あ、ガ...じゃなくて、フレンさん」
「フレンでいいよ。そんなに僕はその人に似ているかい?」

苦笑しながら話すフレンからは、昼間のような緊張感は感じられず、打ち解けたような雰囲気で話している。それにルークも安心したのかベッドに腰掛けると恥ずかしげにうつむいて頭を軽く掻きながら笑った。

「ごめん、本当にそっくりで。驚いちまった」
「気にしなくていいよ。そんなに似ているなら一度会ってみたいね」
「きっと並んだら双子みたいだと思う。それってすごく見てみてぇな」

想像したのか今までに見たことがないほど楽しげに話すルークは、昼間の雰囲気とは打って変わって明るくて、心なしかほっとしてしまった。こんなにも笑うルークを見るのは初めてで、ここまでルークを笑顔にさせるそいつに少しだけ興味が湧いた。

「ガイってのはルークとはどういう関係なんだ?」
「うーん、そうだな。ガイは俺の使用人で、いや本当は伯爵なんだけど。えっと、俺が小さい頃から一緒にいるからなんていうか兄みたいな。...いや、一番しっくりくるのは親友、だと思う」

思い出しながら話すルークは照れ臭そうに笑いながら、それでも目を輝かせているのだから本当にそいつを信頼しているという事がうかがい知れる。使用人だとか伯爵だとか、俺には全く縁のないような単語が含まれており、ルークについて更に謎が深まったような気がする。しかしそれについて問えば多分また口を噤んでしまうのだろうから今はまだ聞かないことにしておこう。
フレンとすっかり打ち解けたのか何か話をしている様子を横目に、持ったままだった小石をテーブルに置けばコツンという音が小さく響いた。音に引かれるようにこちらを見たルークは小石を視界にとらえた瞬間目を見開いて固まってしまった。
急に話が途切れたことを疑問に思ったのか、フレンも視線を辿って小石を見つめている。

「...まさか、宝珠?」
「知ってるのか?」

ルークは信じられないといった風に恐る恐る小石へ手を伸ばし、それに触れようとした瞬間眩い光が小石から発せられた。瞬間的に瞑ってしまった目を開けば触ろうと翳されたルークの手すらそのままだというのに、跡形もなく小石はなくなっていた。

「今のはなんだったんだ」
「...コンタミネーション現象。なら、やっぱり宝珠なのか」

戸惑いの声を上げるフレンをよそに翳した手を見つめながら辛うじて拾うことが出来るほどの小さな声で呟くルークは、もしかしたら何か知っているのかもしれない。困惑に揺れる目は俺とフレンを交互に見て、何を言ったらいいのか分からないと言わずもがな語っている。机の周りを見回してみてもあの小石はどこにも見当たらないし、一瞬でどこかへ隠したり移動させるのも困難だ。俺たち二人に問いたげに見つめられ、返答に困ったルークははっと息を飲んだ後まるで手を隠すかのように力強く拳をにぎりドアへと駈け出した。

「ごめん、俺ちょっと出かけてくる!」
「ルーク!?」

驚きとも制しの声ともつかない声を上げて立ち上がったフレンは、寸でのところでルークの手をつかみ損ねたようだ。ドアも空けたままに外に飛び出していったその後ろ姿は夜闇にまぎれてあっという間に見えなくなってしまった。
二人して同時に立ち上がって目を見合わせれば、どうやら考えていることは同じらしい。ドアへ向かって足を向けるが、昼間に見たルークの俊足は見間違いではなかったらしく、廊下から下町を見回してみてもあの特徴的な赤髪はどこにも見当たらなくなっていた。

「どこにいったんだろう。こんな時間に一人で出歩くなんて危険だ」
「ああ、早く見つけ出さねぇとな」

ルークが向かいそうな場所など見当もつかないが、ともかく探さないことには見つけられない。下町を聞きまわっていけば見つけられるだろうと踏んで一気に階段を駆け下りた。



.

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ