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「フレンは向うを頼む。俺はそっちを探してみる」
「わかった。見つけたら君の部屋に一緒に戻るよ」

言い終わらないうちにフレンは路地の奥へ入っていき、静かな足音だけを残して見えなくなった。それを確認した後、街の外へ程近い場所まで走ってみるが、今日に限ってあまり人もおらず閑散としているのだから聞き込みのしようもない。こんなに街が静かだとかえってかどわかしや薬の売買が活発になるのだから、なんて間の悪いことだろうか。下町の住人が皆いい人だと思い込んでいる節のあるルークはそういったものへの危機感が欠如していると言っても過言ではないだろう。見目が良く着ている服も上等なルークは多分まだ体調も万全ではない。そんな奴が悪人に見初められたら一発で標的にされてしまう。

「ったく、どこ行ったんだルークは」

基本的に自分は奔放主義で他人がどう行動しようがなるべく関与しないようにしてきたはずだ。なのにあのルークという少年はどうしてこうも俺を初めとするフレンや下町の皆等など人を巻き込んで離さないのだろうか。狭い路地裏も覗きながら走り回るが、隠れているんじゃないかと思う程どこにも見当たらない。それどころか誰にもすれ違わないなんて事があるのだろうか。
今まで体験したことのない下町の状況に不信感を抱きながらも走り回れば、街のはずれにまで来てしまったようだ。飛び出した時のルークの絶望したような顔を思い返してみても、早く探し出してやらなければ取り返しのつかないことになりそうな気がして不安感があおられる。
出会った時の青白い顔と冷たさはどうやら俺のトラウマのようになってしまっているらしい。死体などいくらでも見てきたというのに。自嘲の笑みさえ浮かんでくるが、それを噛み殺して城壁際を探した。
半開きになっている門を開けて帝都の外を見てみれば、広大な大地と転々と生えている木という見慣れた景色が広がっているばかりだ。
もしかしたらフレンの方にいるのかもしれない。そう思い踵を返そうとしたとき、聞きなれた鳴き声がどこか遠くから聞こえてきた。

「...ワンッ!」

もう一度響くように聞こえてきたのは聞きなれた相棒の声で、朝から姿が見えないと思っていたがそれは街の外から聞こえてくるようだ。鳴き声のした方を注意深く見てみれば、一本の木の根本あたりに月の光を反射するように白い上着が光っている。その隣にある黒い丸のように見えるのはラピードだろう。
夜中の魔物が凶暴になっているときに街の外に出るなんて何を考えてんだあいつは。
あたりに気を配りながら木の方へ向かえば、今にも泣きだしそうなルークの声が静かに聞こえてきた。

「なあ、ラピード。俺、また消えちまうのかな」
「クゥーン」
「お前を撫でるこの手だって、透けて無くなるんだぜ。ほんと、2回目は耐えられそうにねえや...」

体育座りをして身を守るように自分で肩を抱いている姿は、明るい笑顔の持ち主だという事が信じられない程の悲壮感に包まれている。
今にも震え、掻き消えてしまいそうなルークへとラピードは気づかわしげに視線を送っている。それこそ消え入りそうなか細い声で呟いていた「消える」とはいったいどういうことだろうか。2回目という事は前にも同じような事があったのか、だとしても今ここにルークは実在しており例の光る剣のように触れられないという事もない。どうやらルークは自分が考えていた以上にやっかいな事情があるのかもしれない。そう思い至ったとき丁度ルークの真後にたどり着いた。

「ルーク」
「っ...!」

声を掛けてみれば誰でも分かるぐらいに緊張で身を硬くしている。ラピードはやはりルークを気遣っているのか、俺が来た事を確認しただけでその場から動こうという気はないらしい。小さくため息をついて夜空を見上げて見れば、先ほどよりも傾いた月で大分時間がたってしまっている事が見て取れた。

「ルーク。帰るぞ」

そういってやりながらうずくまったままの頭に軽く手を置けばそれにさえびくりと肩を震わすのだから、いったい何にそんなに怯えているのだろうか。恐る恐るといった風にゆっくりと上げられた顔には不安げな表情が浮かんでおり、見ているこっちの方が心配になるほどだ。こちらを捕らえた視線はふとすぐに逸らされてしまい、俺がそうしたように遠い月の方へと向けられた。それを追うように月を見上げてみれば先ほどとまったく変わらない細い月がそこにあるだけだ。視線をそのままに見上げていれば震える小さい声が聞こえてきて、俺とラピードは一斉にルークへ顔を向けた。

「...やっぱり、俺はユーリたちとはいられないや」

何かを決意したかのようなその声は小さいながらも話しているうちにはっきりとしてきて、強い心を持っているように感じられた。以前にうなされた時に聞いたときとはまるで違う、覚悟を決めたようなその物言いは俺が止めても聞かないんじゃないかと思わせるには十分なものだった。
その顔さえ見なければ。
今にも泣き出しそうな、それでいて自分は泣いてはいけないと自分に強要しているような無理に作った強い顔。そんなもんを見せられてしまったらつれて帰らないわけにはいかないだろう。

「俺はお前にどんな事情があるのかは知らない。だけど、そんなの関係ねえだろ。それは下町で、俺達と一緒に暮らすのにそんなに支障をきたすようなもんなのか?」
「それは...」

聞いてみれば悲しそうに口を噤んでしまうのだから難しいものだと思う。どうしてこうも俺はルークを追い詰めるような事ばかり聞いてしまうのか。自分を嫌悪しながらもルークについてなるべく深入りしないように心がけ、頭に置いた手に軽く力を入れて撫でてみる。それは走ったせいか少し汗ばんではいたが、絡みもせず星々の光を浴びてみた事もない色に輝いていた。

「言えないなら別に聞かねぇよ。お前が話せるようになったら聞かせてくれりゃあ嬉しいとは思うがな」

軟らかく笑いを含んで言ってやれば、やっと緊張が解けたように顔の強張りが取れてこちらを見る。それはいつもの困ったような物寂しそうないつものルークの顔になっていた。

「ありがとう、ユーリ。ラピードも」

俺とラピードを順番に見て苦笑いに似た笑みを浮かべるルークは思い直してくれたと思ってもいいのだろうか。自分がここまでルークに執着していることを不思議に思いながら、いつの間にかにルークの事も自分の仲間だと無意識に認定していたのだと思い至って人知れず小さく笑いが漏れた。
それにルークもラピードも気が付いていない事に安心して指どおりの良い赤髪から手を離せばゆるりとルークは顔を上げてこちらを見る。

「さてと、帰ってくるんだろ?」
「...ユーリがいいなら」

申し訳なさそうに言うルークはあたりまえだと分かりきった事を聞いてくる。もしかしたら声に出して確認したかったのかもしれない。もう一度頭をわしゃわしゃと撫でてやればうわっと高く声を上げて驚いている。
その様子を面白げに見てやれば、少し拗ねたように口を尖らせるのだから先ほどの妙に大人ぶった態度より自然で、こちらの緊張も完全に解けたような気がする。

「さっさと戻るぞ。じゃねぇとフレンにどやされちまう」
「ワンッ!」
「...ユーリ!」

もと来た道へと足を向けた途端、呼び止められて振り向けば意気込んだようにルークが勢いよく立ち上がったのが横目に見えた。それに少し驚きながらもそちらへしっかりと体を向ければ、まっすぐな大きな瞳がこちらを見つめており、思わず射すくめられてしまう。

「俺、必ずユーリに全部話すから。もう少し、待っててくれないか」

風にはためく白い上着と赤い髪がやけにきれいだと場違いな事を思いながら、翠の瞳を見返してみる。それはそらされる事なくこちらを見返してきていて、それでいて強がったような雰囲気は感じられない。こんなにも目が離せなくなるなんて、本当に、不思議な奴だ。

「ああ。別に急がねぇよ!」

ふいに浮かんできた笑みをそのままに言ってやれば、ルークもにっと悪戯っぽく笑ってこちらへ駆けてきた。ルークからその「全部」を聞いてしまったら、どこか遠くへ行ってしまうのではないか。ふと頭をよぎったそんな馬鹿馬鹿しい考えを振り払って、ラピードとルークを来た道へと促す。
連れ立って急いで走って戻ったが、すでに戻って来て部屋の中を落ちつかなげにうろうろと歩いていたフレンに現在進行形で説教をされているのはしょうがない事だろう。
光る剣が現れ、それの近くにあった小石は消えてしまい、ルークの不可思議な行動や呟きなど分からない事は目白押しだ。隣で正座をして夜は危ないだとか、魔物の対処法だとか、フレンのずれてきた説教を聞いているルークを見やれば申し訳なさそうに俯きながら目を白黒させている。いつか、この先見つけるだろう生きる理由だとか、俺が想像も付かないようなややこしい事情ってやつを話してくれるだろうか。少しだけ期待しながらも柄じゃないと自分を戒めて、一刻も早くフレンの説教が終わればいいと小さくため息をついた。




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