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「やっぱり、広いんだな」
「そりゃあこの街で一番偉い奴が住んでる場所だからな」

清潔感のある石造りの城を二人で進めば、意外にもルークは周りを見回したりする事も臆することもなく俺についてきている。むしろ城よりも下町以外の街の様子が気になるらしく、絵を描いているにいさんやそこら辺の猫に声をかけたりしていて、いつ迷子になるかと気が気でなかったのはラピードも同じだろう。絶対迷子になると踏んで注意していたが、時間がいつもよりかかったとは言え何事もなく城まで辿りつけたことに安心してしまったのはここだけの話だ。フレンのおかげで前より態度が柔らかくなった騎士たちの視線を受けながらエステルの部屋までまっすぐ進めば、見慣れた重厚そうな部屋のドアが見えてきた。ルークは上着の襟など身なりを軽く整えて俺の方を見てくるが、その表情には不安げな印象が伺える。昨日から「本当に行ってもいいのか」と心配していたが、それは完全に払拭できたわけではないらしい。

「そんなに緊張すんなって。エステルはそこらのお貴族様とは違っていい奴だから、会ったら多分すぐに仲良くなれるぜ」

そういってやればフレンほどの威力はないにしろ安心して貰えたようで、笑顔でうなずいてドアへと顔を向けた。一般の人がお姫様に会うとなれば、普通はこういう反応をするんだなだなんて、自分と比較しながらドアをノックすれば、聞きなれた声で「どうぞ」と中へ促された。

「よう、エステル。じゃまするぜ」
「ワンッ!」
「ユーリ!ラピード!お久しぶりです」

ドアを開けて遠慮なく入れば、窓際の机で何か作業をしていたエステルはこちらを見た瞬間に花を散らすような笑みで立ち上がった。初めて会った時と同じような長いドレスは歩きずらそうだが、それをおくびにも出さずこちらの方へ駆けてくる。きらきらとした目と少し伸びた髪以外、あのころと何も変わっていないような気がした。

「元気にしてましたか?ギルドの皆さんもお変わりはないです?」
「ああ、皆元気だよ。エステルも相変わらずだな」
「はい!ラピードも元気そうでなによりです」

服が床につくのにも構わず嬉しそうにしゃがんでラピードを撫でようと手を上げるが、ラピードはそれに対して少し冷たい態度で頭を反対方向へと振って手を避けている。それはラピードの照れ隠しだと俺は知っているが、エステルはやっぱりですか。と頭をたれて落ち込んでいた。そんな見慣れた光景が目の前で行われ思わず笑ってしまったが、完全にエステルの手をかわし切ったラピードは挨拶はもう済んだとでも言いたげに気だるげに立ち上がるとドアの向こうへと歩いて行ってしまった。それを見送るエステルは少し寂しそうな顔をしたあと、行き場を無くした手を膝の上に置いてこちらへ苦笑して見せた。

「わっ!ラピード押すなって」
「ワォン!」
「わかった、わかったって」

声のするドアの方へ体を向ければ、俺たちが話し始めてしまったせいか部屋へ入りあぐねていたルークがラピードに足を押されながら戸惑いがちに中へと入ってきた所だった。
「っと、失礼いたします」
ルークは容赦なく押してくるラピードに困り顔をしながらも、必死にバランスを取りつつ挨拶をした。それを聞いてようやくラピードは押すのを止めて俺の横へと戻ってくるのだから、こいつも十分おせっかいやきだと思う。頭を一撫でしてやってからエステルへと視線を戻せば少し驚いたようにルークを見つめていた。

「あの、あなたは?」
「あ、お初にお目にかかります。ルークと申します。今はユーリに世話になっていて、エステリーゼ様に不承ながらも同行させて頂きました」

軽く礼をする姿は綺麗という言葉が似合うほど様になっていて、発せられた言葉も場に似つかわしい形式ばったものだった。もしそれがたどたどしくなかったなら完璧だっただろうに、言い慣れていないせいか、若干かくかくとした印象を受けるのだからご愛嬌だ。
エステルも何度か瞬きをしたあと、堪え切れなかったのか吹き出すように笑った。
「ふふっそんなにかしこまらなくてもいいんですよ。私はエステリーゼっていいます。エステルって呼んでください」
口元を軽く抑えてにこにこと笑いながら言うエステルへ、顔を上げたルークは気恥ずかしそうに頭を掻きながら笑顔を向けた。

「すいません。あまり慣れていないもので」
「いいんです。敬語もいりませんよ。ユーリみたいに気軽にお話しして下さい」

軽くドレスをはらって立ち上がったエステルはルークの前まで移動すると小さくお辞儀をして微笑んだ。ルークは少し迷ったように目をとじたあと、小さくうなずいてから申し訳なさそうに笑顔を浮かべた。

「助かるよ。どうもこういう話し方って苦手で」

頬に赤みが差しているのは恥ずかしさからだろうが、打ち解ける事が出来たようで安心する反面、ルークがあんな言葉遣いが出来たのかと少し驚いてしまった。

「ルークは最近下町にきた新入りなんだ。会いたいって言ってたんだろ?」
「はい!一目見た時からそうじゃないかと思ってたんです。だからここへいらした時は驚いちゃいました」

二人の話が途切れたところでそう言ってやれば、エステルは小さく何度もうなずいて感激したようにルークを見つめた。ルークは居心地が悪そうに苦笑しながら俺の方へ視線を向けてくるが、ルークもフレンに同じことをしたのだからその辛さを身をもって体験してみるのもいい勉強になるかもしれない。そう思って何も言わずにいたが、すぐにルークが困っていると気が付いたエステルははっとした後、慌てたように手をぱたぱたと振った。

「ご、ごめんなさい。こんな不躾に見てしまって。それにお客さんなのに立たせたままなんて、どうぞこちらへ座ってください!」

備えられた豪奢な椅子の方へ掌を向けながら一生懸命に言う姿に、今度は完全に緊張の解けた様子のルークが笑い声を上げた。

「はははっ。気にすんなって!エステルってほんとにユーリが言った通りの人なんだな」
「言った通りって、変なこと聞いてません?ユーリ、いったい何をお話したんです?」

必死になって聞いてくるエステルはそんなにルークに嫌われたくないのだろうか。相変わらず何にでも精一杯な様子のエステルへ、ルークは微笑ましいような柔らかい視線を向けている。

「変なことってなんだよ。ちょっとだけ説明しただけだぜ。まあ、それをルークがどう取ったかは分からねぇけどな」
「そのちょっとだけの部分が肝心なんです!うー。ユーリは意地悪です」

しゅんとした様子を見ながら相変わらずいじりがいがあるななんて思っていれば、ルークの控えめながら楽しげな笑い声が聞こえてきて、連れてきてよかったと安心してしまった。エステルは持ち前の精神力で早くも立ち直ったのか、俺たちを椅子の方へと促しながら部屋の奥へと向かっていく。その様子を横目に見ながら、今だ楽しそうに笑っているルークと共に椅子の方へ歩けば、歩くたびに絨毯に身体が沈むようでお高いこの部屋の物は俺には合わないなと再認識してしまった。何度座っても慣れないふかふかの椅子へ腰かけると、ルークも音もなく椅子を引きぴしっと音が聞こえそうなほど背筋を伸ばして隣へ座った。そんなに肩肘はって座ったら疲れるんじゃないのかと思いながら見ていれば、ゆったりと歩いてきたラピードも俺とルークの間に陣取って伏せの状態でエステルを待っている。毛足の長い絨毯は合わないようで、しきりに尻尾を左右に振っているラピードの気持ちが良く分かるような気がした。
ふと紅茶の独特の香りが漂ってきた為そちらの方へ顔を向ければ、ポットと人数分のティーカップをお盆に乗せたエステルがこちらへ歩いて来たところだった。

「上手く淹れられたか分からないですけど、召し上がってください。ラピードにはミルクを準備しますね」
「ワンッ」

テーブルにソーサーとティーカップを置いて紅茶を注いだ後、いそいそと犬用の器を出してきたエステルは、そう何回もここに来るわけでもないというのにわざわざラピード用に準備したのだろうか。並々と注がれたミルクにはエステルからの愛情が過分に含まれているような気がして思わず笑ってしまうが、その愛がラピードには伝わっていないのだからエステルも不憫なものだ。
エステルはラピードがミルクに口を付けるのを嬉しそうに眺めた後、空いている椅子にかけて自分用に紅茶を注ぎながら抽出しすぎていないかと心配げに紅茶を見つめおり、そんな様子を微笑ましそうに見るルークはカップを軽く持ち上げて香りを楽しんだ後に一口だけ口に含んでにっこりと笑った。

「すげー旨いよ、香りもいいし。これってアールグレイだっけか?」
「正解です!香りと味でわかっちゃうなんて、ルークすごいです」
「いや、コーヒーが苦手だから紅茶ばっか飲んでたんだよ。それで少し分かるだけだって」
「ふーん。紅茶って全部同じもんだと思ってたけど、違うんだな」
「はい。ユーリも甘い物ばっかり食べるんじゃなくて、紅茶も一緒に飲めばおいしさ倍増です!」
「え、ユーリって甘いもん好きなのか?」

最初のぎくしゃくした雰囲気などどこへ行ってしまったのか、すっかり仲良くなった様子の二人は俺のことなどお構いなしに話に花を咲かせている。手持無沙汰でなんとはなしに二人を見てみるが、カップの持ち方や椅子に座る姿勢が綺麗で、容姿は全く違うのに似ていると思えた。
時折上がる驚きや笑い声は楽しげで、放っておけばいつまででも話し続けられるんじゃないかとすら思う。砂糖を入れてちびちびと紅茶をすすりながら、お茶の種類なんて旨けりゃなんでもいいと思っていればそれが表情にも出ていたのだろうか。エステルとルークが二人してこちらを見つめていた。






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