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「ユーリとも明日でお別れかぁ。そう思うとなんか寂しいな」

他愛のない話をしながら城から帰って来て、部屋に入るなり影のある笑顔を浮かべてルークは言った。浮かない表情の理由はこれか。思い至って、自分との別れを惜しんでくれることに少しだけ高揚しつつも、現在の表情にさせてしまっていることに罪悪感に似た感情が起こった。突っ立ったままのルークは、新しく買い足したカップを手に取ると傷がないかと確かめるように指でそれをなぞりながら部屋の中をくるりと見回している。住み慣れて見どころもない部屋だというのにどこを見ているのだろうか。疑問に思ってルークの視線を追ってみれば、どこか遠くを見るようなその瞳は窓から入る光を帯びて翠が更に深まったような不思議な色合いを醸し出しており、一気にルークが遠い人のように感じられた。それに胸が空くような思いが湧き上がるのを感じ、俺らしくない馬鹿馬鹿しいと思う事でその念を打ち消した。
箒星にいるラピードの鳴き声とテッドの楽しそうな笑い声が薄い床の向こうから時折聞こえてきて、俺にとっての当り前の日常の中から目の前のルークだけが居なくなるのだと思えばやはりどこか物足りないと思う自分がいる。
いつの間にこんなに他人に依存するようになったのか。
そんなことを考えてみても分かるはずがなく、ため息が漏れるのを止めることはできなかった。

「なあ、ルークも一緒に来ないか」

ぽつりと独り言を言うように口から出てきた言葉はどうやらしっかりルークの耳に届いたようで、窓の外へと向けられていた視線はベッドへ腰かける俺の方へと向けられた。

「ユーリは優しいな」

困ったような嬉しそうな、どちらとでも取れる穏やかな表情のルークは俺の質問には全く見当違いの返答をした。それにどう返していいのか分からずルークを見つめてみるが、ただ見つめ返されるだけで先に進まないのだからどうしようもない。
完全に情が移ってしまったのか自分で自分を訝りがりながらも、出来ることなら連れて行ってやりたいと思う。それはルークの為なのか自分の為なのか定かではないが、ここで別れればもう次回はないという確信があった。

「一緒に来るのは嫌か」
「そんなことねぇよ。ただ、俺の役目はもう終わりかなって」
「...じいさんが言ったことまだ気にしてたのか」

カップを置いていつもの椅子に座りながら話すルークはやはりどこか諦めたかのような穏やかな顔をしており、なぜか無性にイラついた。ルークがエステルと話をしていた時にも感じたこの感情はやはり俺の思い違いではなかったらしく、それを顔に出さないよう静かに拳を強く握った。

「なら、お前はどうしたい?」

聞いてみればルークは難しそうに眉根を寄せ黙り込んでしまい、まるで小さい子供を責めている様で自分に嫌気がさした。シンと静まり返った中に時折外から住人たちの笑い声が聞こえてきて、それに引かれるようにルークは窓の外へと顔を向ける。
どこを見ているのか分からないその瞳はいつぞやの夜のことを思い起こさせてうすら寒い気さえする。そんな表情をさせているのが自分だと思い至れば、やはり罪悪感がイラつきよりも勝るような気がした。

「やっぱり、俺にはわからねぇや。生きる意味」
「当り前じゃねぇか。そんな数日で理解できるわけないだろ」
「だけど、俺は生きていてはいけないものだから」
「そんなこと笑いながら言ってんじゃねえよ!」

つい声を荒げてしまったが、これは不可抗力だと思いたい。
どこか遠くを見つめながら、笑って言ってのけるルークはやっとこちらへ顔を向け、やっぱりあの困ったような少し悲しそうな笑顔を浮かべた。

「やっぱり、ユーリは優しいな」

その返答に断じてキレたというわけじゃない。けれど、イラつきや罪悪感よりも、こいつをどうにかしなければという思いが沸点にまで達したのが自分でも分かった。

「ルーク、ちょっと付き合え」
「え?ちょっユーリ!」

体格に似あわない細い手首を軽く掴んで歩き出せば、ルークは意味が分からないとでも言いたげにこちらを見つめてくる。が、それには何も答えずさっさとドアを開けてそのまま街の外へ向かって小走りに近い速度で歩いた。
さっきからルークが何か静止の声を上げているが、それがまったく耳に入ってこないのだから俺も相当頭に来ているらしい。冷静な頭の一部分がそう判断するが、それに反して門へと近づく足は止められそうになかった。
以前ルークがうずくまっていた木までたどり着いて、やっと手を放してやればルークは困惑したように掴まれていた手首をさすっている。
その様子を横目に鞘から剣を抜けばルークは一瞬固まった後、困ったように眉尻を下げた。

「なあ、どうしたんだよ。もうすぐ夕方だってのに街の外に出るなんて」
「それをお前が言うのかよ。なあ、手合せしようぜ。勝った方がなんでも言う事ひとつ聞くって条件で」
「は?何言ってんだよ」
「これで最後かもしれねぇんだろ?なら、俺のわがままも一個くらい聞いてくれよ」
「...分かった」

最後という言葉が功を奏したのかしぶしぶといった風のルークが腰にさした剣へと手を伸ばした。構えに違和感を感じて注視してみれば、今まで見たこともない流派なのか、だらりと下げた腕は力なく剣を握っているように見えるのに、今にも地を蹴り出しそうに下半身には軽く溜を作ってある。戸惑いがちに剣を抜く動作とは裏腹に、切っ先をこちらへ向ける構えには一切の隙などなく、こちらを見据える眼光からは相当場数を踏んでいることが見て取れた。
面白い。
滅多にこんな手練れとやりあう場面に出会わない事に加え、最近はフレンやジュディとも手合せをする機会もなかった。道端でたまたま行き倒れていた少年がここまでの覇気を纏えるだなんて、いったい誰が思うだろうか。思わず口元が笑みを浮かべるのを止められずに弧を描けば、ルークが不審そうに眉根を寄せた。
その瞬間に一気に距離を詰めて剣の峰を思いっきり振り下ろした。大体の輩ならこの一撃で決まってしまうのだが、一瞬目を見張ったルークは剣の腹を下から滑らせるように俺の軌道を流すと、その力を剣にのせて下から薙ぐように振り上げた。髪の一房を掠めたその斬撃を軽く半身を引いて躱すが、躱されると想定内だったのか間をおかず刃を返して上から切り込んでくる。すかざず剣を振り上げ受け止めるが、見かけによらずパワータイプなのかその一撃は存外重く感じられた。

「やるじゃねーか!」
「ユーリこそ!」

弧を描いた口元が更に吊り上がるのが自分でもわかる。押し付けられた剣を払って横なぎに振るうが大きく飛び退って避けられた。斬撃に勢いがあるしフットワークは軽く瞬発力も申し分ない、しかもそれなりに足も速いとなれば十分な戦力になる。カロルくらいでなければだなんて、自分も随分と失礼なことを考えたものだ。
地を蹴ってその勢いを剣にのせればルークは逆に力を抜いて身をかわし、次の攻撃に備えるように半歩足を引いた。剣相手ならそれでもいいだろうが、繰り出された足に少し驚いたのか一瞬反応が遅れ白い上着がブーツを掠めた。
それにニヤリと笑ってやれば、口を尖らせて不機嫌な表情になるのだからルークはどうやら負けず嫌いらしい。
いったいどれくらい時間が立ったのだろうか。互角の攻防が続き、いつまででも続くんじゃないかと思えるような楽しい時間は俺の剣がルークの顔にぴたりと添えられる事で終わりとなった。それを少し残念に思いながらも辺りを見渡せば、すでに暗くなり始めており、思いのほか長く剣を打ち合っていたのだと驚いてしまう。
ルークは悔しそうに顔を歪めた後、倒れ込むように草原に身を投げ出した。それに並んで横になれば、生い茂る草に身が沈み込むようで全身が疲労していることが感じられる。
そのままボーっと空を見上げていれば凛々の明星が輝き出しており、そろそろ街へ戻らなればならない事が少しだけ残念に思えた。

「やっぱりユーリは強ぇな」
「ルークもここまでやるとは思ってなかったぜ」
「失礼だな。俺は結構強いんだぜ」
「知ってる」

魔物が出てくる危険もあり明日には旅立たなくてはならないというのに、じっとりと汗ばんで纏わりつくような髪や全身に感じられる疲労もどこか心地よくて、そのまま身を投げ出したままでいた。

「なあルーク。一緒に来いよ」
「...迷惑じゃねぇか?」
「んなわけあるかよ」
「絶対連れて行ったこと後悔すると思う」
「それは俺が決めることだ。それに俺のいうこと一個聞く約束だったろ」
「あれ冗談じゃなかったのか!?」
「俺は冗談は言わねぇ」
「嘘つけ」

軽口を叩いて、二人して思わず笑ってしまった。それが心地よくて、これが今日で終わりだなんて考えるのは酷だと人知れず思った。ふいに笑い声がやんだと思ったらルークが上半身を起こして伸びをすると、立ち上がってこちらを見下ろしてくる。その表情は運動をしたからか晴れやかで、夕焼けに照らされる髪や姿がやけに綺麗だなんて柄にもないことを考えてしまった。
一度大きく息を吸い込んで笑顔を浮かべると、ルークは凛とした声で言った。

「迷惑ばっかかけるかもしれない。足手まといになるかもしれない。でも、約束は守るから。...それに旅の途中で俺がここに来た意味が分かるかもしれない。だから、明日からも宜しくな。ユーリ」

全部話す。そう言っていたことを今更ながら思い出して、やっぱりここで別れるわけにはいかなかったと自分の感が冴えていたことに感謝した。

「ああ、宜しくな。ルーク」

立ち上がってルークを正面から見据えれば、やっぱり自分よりも背も低くて細いただの少年で、どうしてそこまで思い悩まなければならないのかと疑問に感じられた。人それぞれなにがしか事情があるとは思うが、そんな軽い言葉で片付けられるようなものではないような気がして胸騒ぎがする。
そんな心中を悟られないように笑みを浮かべて、思いっきりルークの頭を撫でて髪を掻きまわしてやれば、思いもよらない行動だったのだろう。ルークはそれに抗議の声を上げて撫でまわす腕を掴んでくるが、それは形ばかりのものでまったく力など入っていなかった。明日からもまたこうやって笑いあえるのだと思えばまた口元が緩むのだから俺の表情筋はどうにかしてしまったのかもしれない。
そう思いながらも、ぼさぼさになった髪を直そうと躍起になっているルークを街の方へと促した。







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