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「またルークとお話出来て嬉しいです!」

にこにこと笑うエステルの周りにはまるで花が飛んでいるようだ。
そんなものが現実に見えるわけもないのにそう感じてしまうのはあの笑顔とふわふわとした動作のせいだろう。久々の旅だということに加え、仲良くなったルークが一緒となればまあ気持ちも分からなくもないわけで。今日一日はずっとこうなんだろうなと考えつけばため息が自然とこぼれ出た。
午前中は旅の準備と皆に挨拶してから行きたいというルークの要望に応えて下町を奔走していたらあっという間に正午近くになってしまった。一人ひとりに丁寧なあいさつをしている姿を見ればやっぱり律儀な奴だと思うと同時に、いつでもまた帰ってこられるのに丁寧すぎて今生の別れのように感じられて、住民たちからもおおげさだと笑われていた。
まあ、考えてみればルークには下町ではない本当の帰るべき故郷があるのだろう。カロルにはダングレスト、リタにはアスピオといった帰るべき場所がそれぞれにあるのだから、ルークにはルークのあるべき場所がある。だから、一度も「また帰ってくる」と言わなかったルークにとって下町は帰るべき故郷にはなり得なかったんだろうな。
俺には関係ないと思っていながらもそんなことを一人でつらつらと考えてしまうのだから、俺にとっては凛々の明星の仲間と同じくらいにルークのことを気にかけてしまっているのかもしれない。そう思い至れば苦笑が浮かぶが、一緒にいるルークにはどうやらそれは気取られずにすんでいるようだ。その事に言い知れない安堵感を感じながらも、ルークの帰るべきオールドラントという町がどこにあるのか、そんな疑問が度々頭を掠めた。出来ることならそこまで連れて行ってやりたいと思うが、あちこち見て回っている騎士団長のフレンですら分からないのだから、俺にはいくら考えても分かりそうにはなかった。
そうこうしているうちに正午を過ぎてしまったことに一抹の焦りを感じながら最小限の荷物だけ持って急いで集合場所に急げば、見慣れた動きやすい格好に着替えたエステルが護衛の騎士数名と佇んでいて、ルークが少しだけ引きつった笑顔を浮かべたのは他言しないでおこう。当のエステルは時間など気にも留めていないようで、一目散にこちらへ駆けてきて周りに花を散らすのだから、あのいかつい顔をした騎士たちがだんだん不憫に思えてくる。その思いを助長させるように、護衛につくのは俺たちが来るまでとエステルに決められていたようで、正門をくぐる俺たちエステルご一行をただただ突っ立って見送っていた姿からは哀愁さえ感じられた。


そんな旅立ちからデイドン砦で休憩をはさみつつ、魔物にもほとんど出会わずにラピードに先導されるように道を進み、予定していたよりも短時間でハルルの町につくことが出来たのは幸いだったと思う。病み上がりの少年とブランクのあるお姫様が同伴だと思えば、何事もなく早々に町に着くことが出来て安心してしまうのは仕方のないことだろう。どうやらラピードも同じことを考えていたようで、張っていた気が緩んだのが耳や尻尾の様子から感じられた。

「お疲れさん」
「ワフゥ」

軽く背中をなでてやれば、やれやれだとでも言いたげに軽く首を傾げる。そんないつもの頼もしい相棒の様子を横目に2人を見やれば、前よりも大きくなっているハルルの木を声もなく見上げるルークと、以前治癒術で助けた人々に囲まれているエステルの姿が目にはいった。住民に囲まれたエステルは一斉に話しかけられ、更には握手まで求められているのだからあいつは既に神聖視されているんじゃないかなんて馬鹿なことを考えた。まあ、それもあながち間違っていないのだろうが、一人ひとり相手にしていたら日が暮れてしまうほどの人だかりと熱気で近づくことさえ難しそうだと気おくれしてしまう。それに相対するように一人で樹を見上げるルークは静かで微動だにしないため、まるでそこにもとからあった石像のようにさえ見えた。風に吹かれて舞い上がる花弁が髪や服に積もるのも気にせず、翠の眼はただただ花弁を散らし続ける樹を見つめ続けており、話しかけなければずっとそのままなのではないかと馬鹿馬鹿しい不安が胸を掠めた。
町についたばかりではあるが、もうすぐ日も暮れる時間になる。結界魔導器がなくなった今では早々に宿へと向かった方が得策だろう。そう踏んでエステルへ声を掛けようと顔を向けるが、あの気のいいお姫様はこの人数を本当に一人ずつ相手にする気なんじゃないだろうか。にこにこと笑顔を浮かべるその姿はこちらの視線など全く気が付いていないようで、さらに皆に会えて嬉しいという心内が溢れ出ているようだった。声を掛けあぐねていると、仕方ないとでも言うようにラピードが腰を上げこちらを一瞥した後、人々の足元を掻き分けるように中心へ入っていく。本当に頼りになる相棒だと感心しながら、エステルはラピードに任せ佇んでいるルークの方へと足を向けた。
自分の後ろであんなにも賑やかに人々が笑いあっているというのに、ルークは俺が歩み寄っていることにさえ気が付いていないんじゃないだろうか。

「ルーク。ハルルは初めてか」
「ああ。こんなにデカい樹があったなんて、やっぱり世界は広いんだな」

控えめに声を掛けた俺に対してこちらを見ずに言うルークの声は驚嘆と感動が含まれており、初めてここへ来た時のことを思い起こさせた。初めてエステルの満月の子の力を見たのもそういえばこの町だったし、俺が下町を出て一番最初にたどり着いた町もここだ。そう思えばここは一番印象深くて、避けて通れない町だったと思わずにはいられない。
そこまで昔の出来事だというわけでもないのに懐かしさがこみあげてきて感慨深く感じるが、そんな俺のことなど気にも留めずに大樹を見上げ続けるルークは魅入られてしまったのではないかと心配になる程目を見開いており、男にしては大きめの翠の瞳が落っこちるんじゃないかと冗談ではなく考えた。
そんなに見続けて飽きないのだろうか。以前、降ってくる花びらを数える酔狂な奴がいたが、そいつと同じくらい熱心に樹を見つめているように見える。あいにく花を愛でる趣味はない為、何を思ってこんなにも長時間眺め続けるのか俺には皆目見当もつきそうになかった。

「ワンッ」

何とはなしにルークと一緒に樹を見上げていれば、後ろからラピードの鳴き声が聞こえてきた。二人して振り返ってみれば名残惜しそうに民衆へ手を振るエステルと、先に立って歩くラピードがこちらへ向かってくるところだった。

「...すげー人気だな」
「人気と言いますか、皆さんが私たちの事を覚えてくれていたみたいです。ユーリにもお礼を伝えて欲しいとおっしゃってましたよ」
「お礼ったって俺は何もしてねぇけどな」
「ワォン!」
「それよりも早く宿に行こうぜ。久しぶりで疲れてるだろ」

はけ始めた人だかりを横目に見ながら言えば、いまだ機嫌よく笑っているエステルは大きくうなずいた後、楽しげに隣にいるラピードへと笑顔を向けた。それにやれやれと軽く鼻を鳴らしたラピードはルークを一瞥した後、付いて来いとでも言わんばかりに尻尾を振りながら宿屋へ歩き出す。その行動を不思議に思いながら盗み見るが、歩き出したルークには何も不審な点は見られない。何か気になる事でもあったのだろうか。よく気の利く相棒だからこそ何かに気が付いたのかもしれないと考えながら、皆に続いて宿屋のドアをくぐった。



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