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「なんだか、私達だけだとこの部屋も広く感じますね」
「そうだな。まあ、もう少しすれば皆にまた会えるだろ」

以前の癖で大部屋をとってしまったため三人とラピードだけではやけにがらんとして見える。前まではもう少しベッド同士の間隔があればと思っていたが、こうやって少人数で泊まると部屋の広さに違和感しか感じないのだから不思議なものだ。特に決めたわけではないが、なんとなく毎回使うベッドに俺とエステルは腰かけて、ラピードは定位置の入り口の横に丸くなった。ルークはその流れに少し戸惑いつつも近くにあったベッドへと剣を置いて、問うようにこちらへ視線を向けた。

「皆って前に言ってた”凛々の明星”の人たちか」
「はい!前回の旅で仲良くなった方たちです。皆さんとっても素敵な方なんですよ」

ギルドのメンバーを思い出しているのか宙を見上げるようにして楽しげに言うエステルは柔らかな笑顔を浮かべた。それにつられるように笑顔になったルークは靴を脱ぎながら続きを促すようにエステルへ向き直る。

「フレンはもうご存じですよね。ギルドを作るきっかけになったカロル。私の親友でとっても頭のいいリタ。すごく強くて羨ましいくらい美人なジュディス。明るくて一緒にいると楽しいレイヴン。いつも元気で妹みたいなパティ。皆といるととっても楽しくて、前の旅が終わってしまった時はとても寂しかったです」

伏し目がちに言ったエステルは俺とルークの注目を一身に受けていることに気が付いて少し恥ずかしそうに肩をすくめた。

「でも、今またこうやってお城の外に出ることが出来てとっても嬉しいです。ハルルの人たちも私達のことを覚えてくれている様に、私も大切な人たちの事を想って、ずっと会いたいと思っていましたから」

花がほころぶように小首を傾げて微笑むエステルはまた旅に出る事を切望していたのだろう。城以外での生活というのは前回が初めての経験だったというし、どんなに慣れ親しんでいるとしても俺自身あれから下町に帰る事も少なくなった。旅をしている最中はいい意味でも、悪い意味でも自分の責任である程度自由に行動が出来たし、慌ただしくても様々な経験をすることが出来た。それと比べれば城での生活など退屈極まりない事が容易に想像できる。帝都へ帰るたびに連れて行って欲しいとせがまれていた事を思い出せば、今回の旅行許可を出したヨーデルの心中もきっと俺と似たようなものだったんだろう。
本当に困ったお姫様だと苦笑しながらも、にこにこと嬉しそうにルークと会話する様子を見ればしょうがないと思えてしまうのだから、存外俺はエステルに甘いのかもしれない。そう考えついて俺も変わったなだなんて柄にもなく思いながら二人の様子を見れば、ルークの表情が少し強張っているのが見て取れた。

「ルークも以前は旅をしたことがあるんですね!その時は一人で旅したんです?」
「いや、俺にも仲間がいてさ、そいつらと一緒にいろいろと回ったんだ」

眉尻を下げて少し寂しそうに笑うルークは先ほどのエステルと同じように遠くを見つめるように宙を見上げた。

「みんないい奴ばっかでさ。何も、それこそ一般的な常識も分からない俺に沢山の事を教えてくれて、あいつらがいなかったら俺はどうなってたんだろうな」

最後は独り言のように言って苦笑したルークにエステルもうなずいてルークを見つめた。

「私もそれは時々思います。ユーリと出会って旅に出ていなかったらいったいどうなってたのかって」

二人の視線が同時にこちらへ向けられて一瞬戸惑ってしまうが、二人ともあまりいい想像が出来ていないらしい。先程の笑顔がルークは引きつり、エステルは陰っているのだから。どうしてこう自分のこととなるとマイナス思考になるのだろうか。それに小さくため息をついてラピードを見やれば、俺と同じ事を考えているのだろう、いつもはぴんと立っている耳が軽くたれ、呆れたような表情を見せている。

「そんな事考えたって埒明かねぇだろうが。もう俺はエステルに、ルークはその仲間に会ったんだろ?それでいいように変わったんならそれでいいじゃねぇか」
「ワンッ!」

苦笑交じりにそう言えば、相棒も同調するように一声ないてルークとエステルへ向けて軽く尻尾を振った。二人は顔を見合わせると一瞬あっけにとられたように目を丸くしてから一気に破願して小さく笑い声を上げる。

「ふふっそれもそうですね。ユーリの言う通りです」
「ああ、考えたところで仕方ないことだしな」
「納得したんならもうそろそろ寝るぞ。明日はエフミドの丘を越えて歩き詰めの予定だからな。疲れを残さねーようにしっかり休めよ」

今だに笑い声を上げている二人はこちらへ頷くとさっと布団にくるまって口々にお休みと声を上げた。それにやれやれと思いながら自分もベッドへ横になれば途端にエステルの方から寝息が聞こえてくるのだから、やはりエステル自身が自覚していなくても疲れは溜まっていたらしい。それに苦笑しながらも規則正しい小さな寝息を聞きながら自分も寝心地がいいように体制を整えれば、窓の向こうにはらはらと振るハルルの花弁が見えた。ずっと見ていても何かが起こるわけでもあるまいし、ルークはいったい何を思ってあんなに長い間見つめていたのだろうか。考えてみてもそれこそ詮無いことだと分かってはいるが、ラピードが気にかけていたぐらいだから何か特筆すべきことでもあるのかもしれない。
目を閉じてしばらく考えていれば、もうすぐ深夜になろうかという時間になってしまった。普段なら既に眠りについている時間だというのに、二人の旅の同行者連れで案外気が冴えてしまっているのかもしれない。小さくため息をついてまた窓の方を見上げれば、寝返りを打つのとは違う小さな衣擦れの音が聞こえ、一瞬のうちに身体に緊張を走らせた。ちらりと薄目を開けて盗み見れば、音をたてないように注意しているのだろう緩慢な動きでルークが起き上った。俺が起きていることには全く気が付いていない様子で、静かに靴を履くとラピードの横を通り抜け外へと出て行ってしまった。

「クゥーン」

小さく鳴いたラピードは頭を上げるとこちらへ視線を送ってくる。そのくせ尻尾はドアの方へと振られているのだからどうやら相棒もルークの事を追いかけたいらしい。よっぽど懐いたのか心配なのか心中は分からないが、出て行ったルークの事が気がかりなのは俺も同じだ。また町の外に出ていたらと思うとおちおち寝てなんていられない。

「しょうがねえな。行ってくる」

呟くような小さい声で言って起き上ればドアノブへとびかかりそうな勢いで相棒も素早く立ち上がった。しかし、何も知らずに夢の中にいるお姫様に目をとめた相棒は、エステルのベッドまで歩みよるとそこで腰を下ろしてまた小さく鳴いた。

「エステルを頼む。ルークはきっと大丈夫だからすぐ戻ってくるさ」

自分もルークが気になるだろうにエステルの護衛をかってでてくれた相棒に感謝しながらかがんでそういえば、早く行けとでも言わんばかりに先程と同様に尻尾をドアの方へ振る。それに小さく頷いてからルークを追うべく静かにドアノブを回した。




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