うちの執事が言うことには

□この動悸の正体は?
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ようやく赤目は真正面から女性の服を身に付けた花穎と対峙した。
一瞬だけ目が合う。

花穎は大笑いされるに決まっていると、すぐに顔を下に向けた。

赤目は目の前にいる花穎の姿をよく観察する。リップだけだが、少し化粧を施した花穎の顔を上からジッと見つめた。

身構えていた花穎は、赤目も衣更月と同じで何も言わないのでどうしているのか分からないが、花穎は怖くて顔をあげられない。

「まぁまぁだな」

赤目はそう言ってソファに座り直した。斜め後ろに橘が控える。

意外な赤目の反応に、花穎も彼と対面にある先ほどまで座っていたソファへと座りしっかりと目を合わせた。

「赤目さん? 具合でも悪いの?」
「何で?」
「え?だって、僕こんな格好だし、赤目さんの事だから絶対からかわれるとばかり思ってた」
「花穎より淑女(レディ)の扱いには慣れているからな」
「ふふ、何それ」

花穎はすっかり自分の格好を忘れていつものように無邪気に笑う。
その表情を三人が見ていた。

「俺は可愛いと思いますよ」
「!」
「沢鷹さんが冗談を言うなんて驚いた」

衣更月と赤目が橘を意識したのに、花穎だけは目を丸くして驚いた顔をしている。

赤目が片手をソファのヘリに置いて後ろを向いた。

「冗談ねぇ…」

赤目と目が合う橘は素知らぬ顔だ。

「花穎様 頂きましたこちらのお菓子をご用意致します」
「ああ」

衣更月を見て答えた花穎はもう温くなってしまった紅茶を手にして一口含む。
その所作はいつもと同じだが、元々足を開いて座るタイプじゃない花穎は遠目で見れば女性に見えるだろう。
いや、近くで見ても女性に見える中性的な幼い顔立ちは生まれつきなので仕方がないはずだ。

「そういえば、本当にこのケーキだけ渡しに来てくれたの? 何か用があるんじゃないの?」
「ハッピーハロウィン 最初に言ったろ」
「!」

赤目の飄々とした態度に花穎は言い返しても勝てる自信がないので口を閉じる。

花穎が不服そうなのは見ていて分かるが赤目は逆に機嫌が良さそうだ。

どつにかしてこのままの花穎を外に引っ張り出して楽しみたいが、花穎はそこまで馬鹿ではない事を赤目も理解している。

今はこれで許してやろうと赤目は携帯を取り出して操作をしているフリをして、花穎に画面を向けて写真を撮った。
操作音に花穎が驚き顔を赤くして、テーブルに手を置く。

「っっ、今すぐ消して」
「ヤダ」
「赤目さん!」
「安心しろ 別にこれを使って強請ったりしねぇから」
「じゃあ何で撮ったのさ!」
「…面白いから」
「っっ」

花穎は絶句した。
にこやかに笑う赤目はいつも以上にイキイキしているように見える。

赤目は笑いながらも、何故こんな都合の良いカードを手にしておきながら強請るわけではないと言ってしまったのだろうかと、自分の言動に自分自身が一番驚いていた。

それに赤目はとくに思い出に拘る方ではない。
それなのに花穎から時々送られてくる旅の写真を保存したりはしていた。

最近の自分が分からない。
分からないけど、花穎と居ると楽しくて仕方がない赤目だった。

「…赤目さん 絶対他の人には見せないでね」
「当たり前だろ」

赤目の本心である。
だが花穎は半分疑っていた。

「誓約書にサインが要るならしても良いぜ」
「要らない よく考えたらその写真を使っても、赤目さんに何のメリットも無かった」
「そうだな」
「うん」

花穎は素直である。
赤目に何度騙されているか分からないのに、赤目には嘘がないから騙されるなどと言うぐらいだ。
赤目は何のメリットも無い…わけではないと思うけど、まぁ良いかと黙っている。
携帯の写真を見て少し微笑んだ。

しばらくしてティールームに衣更月が戻って来た。

赤目が用意したレモンパイがお皿に綺麗に盛られてカトラリーとともに二人の目の前に並べられる。

花穎のティーカップは一度下げられて、新しいカップに先ほどとは違う茶葉の紅茶が注がれた。
赤目にはブラックコーヒーである。

花穎は目の前に用意されたレモンパイを一口食べて、顔が綻んだ。
美味しいと言葉に出なくても彼の表情で伝わる。
衣更月はそれを見ながら、少しでいいので感情を抑える工夫をしていただきたいものだとため息をつきたいところを我慢した。



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