SEED
□ラナンキュラス
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すごく熱くて色んな所が痛くて耳元で僕の名前を呼ぶ誰かの声がうるさいぐらい頭の中で響いていた。
ああ、困ったな……どうか……
そう思って彼女を想って目を閉じたはずなのに、誰かが床に座って両手で顔を抑えて泣いている姿が映る。
涙が止まらないその子を見ていると自分の事のように胸が締め付けられて苦しくて、僕はそんな子供の元へ近付いた。
「泣かないで」
声をかけるとその子は僕を見て言う。
口が動いているのにその言葉は僕には聞こえなかった。
不思議なことにその子と目が合ったはずなのに、どんな表情なのかが思い出せない。
聞こえないんだと言おうとして僕は目を開けた。
『ラナンキュラス』
目を開けたキラは身体の節々が重くて驚いた。
ぼーっと天井を見ていると右手が何かに包まれていることを知る。
首を動かそうとしたけど顔の周りを固定されているみたいで全く動かせない。
キラは視線を動かした。
ピンク色が目の端に映る。
まだ起きない頭と視界がようやく落ち着いた頃、そのピンク色が人の後頭部なことを知った。
意識すると手も動かせることが分かって指を動かす。
するとガバっとその人物が動いた。
「キラ!!!」
その人は動けないキラの顔がしっかり見えるような位置に顔を出す。
キラと目を合わせた瞬間、涙が頬を伝った。
「あ……っ、ゴホゴホっ」
声を出そうとしたところでキラが途端にむせる。
繋がれているモニターだろうか隣で機械音がうるさく鳴っていた。
「お待ち下さい。今お医者様をお呼びします!」
そう、その人は言ったけどキラはまたすぐ目を閉じる。
先ほどまで包まれていた手の温もりが消えてどこか寂しく感じた。
次に目を開けた時、まず見える天井以外に視線を動かしても誰も映らない。
扉が開くような音がした後、足音が聞こえてきた。
あのピンク色の髪をした女の人が花瓶を手に入って来る。
眠ったままの自分とこちらを向く彼女と目が合うと、その人は慌てた様子で花瓶を置いてすぐさま視界から居なくなった。
その後、白衣を来ているので多分医者なのだと思うが他にも数名連れて一緒に戻って来る。
キラはベッドの横に来た人物を目線だけを動かして見ていると、その人物はここは病院で私は医者だと自己紹介をした後、まだ話さないようにして下さいと言った。
それが終わるとベッドの周りの機械を見て何やら他にも居た人達に指示をしている。
医者が少し触りますと言ってキラの目や首、腕を少しずつ触れた。
その間もキラの視界の端をピンク色がちらついている。
「返事はまだしないで下さい。私の声が聞こえていてもし指を動かせるなら少し指を動かしてみて下さい」
医者に言われた通りにキラは右手の指をベッドから離して軽くあげる。
そもそも両腕はあまり痛みが無く動かせたのでキラは両方の腕を宙に浮かせた。
「では、頭や首が痛いのであれば右手を上げて下さい」
キラが痛くないからそのままでいいんだなと解釈して動かさない。
「……顔周りを固定していた器具をはずしますがまだ大きく頭を動かさないようにして下さい」
医者がキラの顔周りの器具を取ると、圧迫感がなくなり少しホッとする。
口元を覆うようにつけられていた酸素マスクの器具も医者がゆっくりとはずした。
キラは医者の指示通りに息をゆっくり吸って吐くとあばらの辺りが軋むように痛む。
そのあとでほんの少しだけ首を動かして医者を見た。
「声も出せますか」
「あ……ひゃい……」
声が掠れてしまって話しにくいなとキラは思う。
でも、声は出た。
「今痛い所はありますか」
キラは両手の腕をゆっくりと動かして痛いところを触れる範囲で人差し指でさす。
「……と、ここ、……、……のど……」
キラの指さした所を見て医者が怪我の具合の説明をした。
左足の骨折、肋骨の骨折、多数の軽度の火傷、打撲、擦り傷と聞く。
キラはそれを聞きながらそもそもなぜ自分がこんな怪我をしたのかが全く思い出せなかった。
困惑して話しを聞いていると医者はとにかく安静が必要ですと言う。
頭の検査は後日行うのでまだ無理に動かさないようにと話しがあった。
キラは返事の変わりに右の指を上にあげる。
それを見て医者がもう少し眠ったほうがいいと言い、また明日来ますと言ってベッドの横から移動した。
頭の周りの固定のせいで動かせなかった首をほんの少しずらすと視界の端にしか映らなかったピンク色の髪の人と医者が話している様子が見える。
彼女は医者に深々と頭を下げていた。
医者達が出て行った後、その人物はキラのベッドの横に来る。
白い肌にピンク色の髪と物腰柔らかそうな彼女を見てずいぶんきれいな人だなと思って見ていると、彼女の目が真っ赤なことに気が付いた。
(そういえば、前も泣いてたな……)
「キラ、キラ……お目醒めになられて良かったです。まだお話しはあまりされないほうがよろしいとお聞きしましたので返事はいりません」
にこっと微笑むそんな彼女にキラはほんのり頬を赤くする。
(なんてかわいい人なんだろう……)
「キラ」
ギュッと最初に起きた時と同じく彼女はキラの手を握りしめた。
自分なのか彼女なのか分からないが震えているような気がする。
握りしめられたその手を握り返してあげると、彼女の顔がとても晴れやかになった。
(君は……誰?…………)
そう思いながらキラはふたたび目を閉じる。
握りしめられた手は温かかった。