うちの執事が言うことには

□初めての休日
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「初めての休日」



「衣更月」
「はい」
「今、何時だ」
「19時5分を過ぎたところです」
「っっ……、こっここは烏丸家の中でもなければ、僕は休暇で滞在している」
「はい 存じております」
「ならその服を着替えてこい」

花穎はソファに座り手に触れた柔らかなブランケットを軽く握りしめて、斜め前に現れた見慣れたスーツ姿の男に命令した。
皺一つ寄せない佇まいで綺麗に立っていたそんな彼を花穎は睨みつける。

「僕はお前と過ごす為にここに来たんだ そのスーツを脱いで私服に着替えろ」
「畏まりました」

衣更月は恭しく花穎に頭を下げて部屋の奥へと消えて行く。
何故こうもうまくいかないものかと花穎はムスッとして唇を尖らせた。

今回、衣更月は執事として花穎の休暇に付き添っているように世間には見えるはずだ。こういう形でないと二人が一緒に出かけるのは躊躇われる為のカモフラージュである。

花穎はこの日をずっと楽しみにしていた。あまり強くない朝もいつもより早く起きて、飛行機に乗り事前に衣更月が選んでくれた念願のプライベートコテージに胸を躍らせていた。

交感神経が優位に働き過ぎたのか、目的地に着いた頃には頭痛が酷くてとても移動が出来る状態ではなく、空港内のラウンジで数時間身体を休め、衣更月が用意していたレンタカーでコテージへ向かう。

予定よりはるかに時間がオーバーしてしまったが、それでもまだ始まったばかりだとその時の花穎はまだ思っていた。
このプライベートコテージは全コテージにプライベートビーチが用意されてあり、数十メートル離れている場所にあるコテージからこちらは映らない。
林の中を抜けて奥へ行けば海へも出られるところだ。

花穎の母が存命だった頃には家族でビーチにも出かけた事がある。想い出の懐かしさと暖かさが花穎の心をさらに弾ませた。

コテージ前に着くと衣更月が入手していたパスコードをタッチパネルに入力すると門が開いて、彼はきちんと門が開くのを待って停めていた車を中へと入れた。

玄関ポーチに車を停めて、花穎を先にコテージの中へと衣更月は案内する。

二階建ての広いコテージは茶色と白で統一された家具が丁寧に揃えてあり、所々に散りばめられた花も色調が抑えられていて、初めて来たけれど過ごしやすそうだなと花穎は思った。

リビングからプライベートビーチが見渡せて、その奥に広い芝生が続いたのちに林になっている。あの奥に海があるのだなと花穎が立ち止まっていると、衣更月は一礼して部屋を出て行った。

外の日差しは夕方といえどまだ眩しく、花穎はそのままソファに腰掛ける。ああ、これから何をしようかなとワクワクさせながら目を瞑った彼が次に目を開けた時には暖かな日差しは無く、外は陽が落ちて真っ暗で庭のプライベートビーチが間接照明で照らされていた。

花穎がソファから身を起こすと柔らかなブランケットが膝に落ちる。
まだ彼は理解出来ていない形でゆっくりと数回瞬きをした。

すると人影が窓に映ったので、花穎は呼び慣れた彼の名を呼ぶ。
時間を聞けば19時を過ぎていた。
午前中に飛行機に乗り目的地に着いて花穎がした事と言えばただ眠っていただけである。

自分の不甲斐なさを衣更月の綺麗な立ち姿と比べてしまい、嫌気がさして彼に当たってしまった。

先ほど自分で言った発言を後悔しながら花穎は色んな感情を押さえ込み、まず顔を洗って冷静になろうと決める。


玄関からリビングにしか移動していない花穎にとってはどこがどうなっているのか見当もつかなかったが、宝探しのようで少しワクワクした。

リビングを出て左に行くとバスルームがあり目当ての部屋はすぐ見つかってしまい少し残念な気さえする。

そういえば、衣更月の私服を見るのは久しぶりだなとぼんやり思いながら蛇口をひねり眼鏡を置いて顔を洗った。



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