うちの執事が言うことには

□この動悸の正体は?
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『この動悸の正体は?』





「成る程 男女逆転か」
「はい、そうです ハロウィンにちなんでみんなでメイクしあって学校で集まりました 授業の一部でしたけどそのまま外に出てファミレス行きました」
「そ、そうか、それはすごいな」
「花穎様も仮装してみますか? 俺準備してきますよ」
「仮装か…うん、面白そうだな お願いするよ」
「はい」

俊はそう言って部屋を出て行った。
仮装なんてした事がない花穎は何だか楽しくなってくる。

それから数日後の10月31日のお昼。
花穎は衣更月に、俊が話していた服の歴史について詳しく聞きたいと言ってティールームに呼んでくれと命令した。
ちょうどその頃、都内の美術館でオートクチュールの世界という展示があったのを衣更月は知っていたし、俊が見に行っている事も聞いている。
そのため、その時まではまさか数時間後とんでもない展開になるとは想像出来なかった。

ティールームに呼ばれた俊はクローゼットルームに行き、用意しておいた服をハンガーから取り出して、家から持ってきた自分のボストンバッグに丁寧に仕舞う。
衣更月にバレては困るのでカモフラージュだ。
鞄を手にして向かおうとする途中で衣更月に出会う。

「俊くんも紅茶でよろしいですか?」
「え? いっいえ、俺は大丈夫です 花穎様が待っていますので行ってきます」

少し挙動不審な彼の態度に衣更月は嫌な胸騒ぎがした。

用意した紅茶をお持ちして扉をノックすると、その扉を俊が開けて外へ出て来る。
ますます衣更月は不審がる。

「衣更月さん その、ちょっと…今取り込み中でして…花穎様よりあとでお呼びするとのことです」
「…分かりました」

衣更月はそう言って踵を返して元いた道を引き返した。後ろで扉が閉まる音がする。

それから20分後に俊が衣更月を呼びに行って戻って来た。
彼は先ほども手にしていたボストンバッグを手にしているが、ティールームに行く前と後で膨らみが違う。

衣更月は気づいていながらもそれには触れず、紅茶を用意して再びティールームの前の扉に来た。

扉をノックすると今度は花穎の声が聞こえる。配膳ワゴンを引いて中に入る衣更月は目の前の光景に絶句しほんの一瞬足が止まった。

窓際の方を向いている後ろ姿の彼は、花穎であって花穎ではないように見える。
腰まである長い茶色の髪に黒いフレアスカート。後ろ姿だけでは女性に見えた。

衣更月はまた変な事を考えたものだと扉を閉めて用意したティーカップをテーブルの上に置く。
すると、花穎が振り返り衣更月の前まで歩いて来た。

真正面から見て花穎の元々薄い唇はほんのりピンク色に色づき、眼鏡も外している。
白いブラウスはフリルが付いていて首元には同色の大きめなリボンがついていた。
黒いフレアスカートはくるぶしまであり、靴は花穎の持つエナメルのローファーである。

花穎は衣更月の目の前まで来ると、スカートの裾を両手でつまみ少し広げて首を少し傾げて衣更月を真っ直ぐ見つめた。

「どうかしら?」
「……」

花穎の問いに衣更月は何にも答えない。
その表情はいつもの無色無表情のままだ。いつも通りすぎて不気味である。

それから数秒後、花穎が目をそらして恥ずかしさから顔を赤くした。

「わっ忘れてくれ」

そう言って花穎は眼鏡を置いた窓際のテーブルまで歩いて行き、それをかける。後ろを向くのが怖かったのに、彼がティーカップに紅茶を注ぐ音がした。

「花穎様 紅茶はいかがですか?」
「あ、ああ」

花穎はまた衣更月の近くに行き、用意されたテーブル前のソファに腰掛ける。
一口飲んだ紅茶はいつもの味、いつもの温度で彼に全く動揺がないことが分かった。
何より嫌なのは何も言わないことである。
花穎は居た堪れなくて早く飲み干してしまおうとしているところで、衣更月は声をかけた。

聞こえたはずなのに理解が出来なくて、花穎は返事が出来ずに斜め前に立つ衣更月を一度見上げる。

「…よく、聞こえなかった」
「焼き菓子のご用意を致しますか?」
「?」

花穎は特別甘いものが好きではないが、嫌いでもない。雪倉の作る菓子は美味しいし時々紅茶とお茶菓子は一緒に出るがだいたい頂き物や父からのお土産だ。

衣更月の意図が読めずにそのまま呆然と見上げていると、逆に衣更月が近づいて来る。

「失礼いたします」

そう言って衣更月は腰を少し屈めて、花穎の首についたリボンを一度解いた。
そうして丁寧にまた結び直す。

意外な衣更月の行動に花穎は何にも言えなくてなってしまった。
そうして衣更月が結び終えたところでティールームの扉が開く。



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