うちの執事が言うことには

□初めての休日
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家の配置とタオルの位置が違ったので、一度右手を空振りしたが、二度目で掴みタオルを顔にあてる。
それをそのまま床に設置されている籠へといれた。

リビングへ戻る前に他の部屋も見てみようと花穎がバスルームから出て来て廊下を歩いていると、私服に着替えた衣更月が奥の部屋から出てくる。

紺色の無地の長袖のTシャツに黒地の細身のズボンを履いていた。
あまりに色彩の低い服に彼のミルクティ色の髪だけが鮮やかに映える。

「花穎様 どうかされましたか?」
「うん? いや、部屋を見て回ろうと思って」

思わず衣更月に見惚れていた花穎は返事が曖昧になった。

「では私がご案内致します」
「ああ…、じゃない! さっき僕は言ったぞ ここにはこっ恋人同士で来たんだ だから、その態度は…やめてくれ」
「…」

自分で言った発言に顔を赤らめたり青くしたり忙しい人だなと衣更月は思いながらも、そんな彼が可愛いと思う自分も十分どうかしているのだろうと思いつつ上から花穎を見つめながら微笑する。

「先ほど恋人とは聞いていませんが?」
「っ、揚げ足をとるな」
「食事は召し上がりますか?」
「一緒に?」

そう言う花穎に衣更月が頷いた。
パッと顔を明るくさせて彼は衣更月にどうぞとリビング横の部屋へと案内されて浮足立つ。

そこにはすでに料理が全て用意されてあり、花穎はいつのまにと驚いていた。

アクアパッツァにサラダにパンが数種類。料理が全て綺麗に揃っている。
いつもならあり得ないが、自分の座る椅子の前に全く同じ料理が用意されてあった。
それだけでも花穎は嬉しい。

そうして花穎はずっと決めていた事を今するのだと思って椅子に座り、目の前に座る彼を見た。

「この料理は、……衣更月が作ったの?」
「コテージ専属のシェフにお願いしたものです 温めるだけで完成しました」
「そう」

花穎はそう言って言えなかった言葉を飲み込むようにスプーンを入れて一口食べる。まだ予想以上に熱かった魚介が口の中で冷ましながら噛むと、ソースが花穎好みの味で驚いた。

衣更月はとても嬉々として食べる花穎を見ながら思う。
こうして目の前で一緒に食事をとることはこういう形の時でしかあり得ないのだが、彼の喜怒哀楽の表現はかなり前面に出ているのを分かっているのだろうか?それは当主としては些か問題があるようにも思った。

花穎の為を思えば、こうして男の自分がこの場で食事をとることも恋人と言われていることも十分可笑しいのだが、彼の絶対曲げない我儘といじらしさについ負けてしまいほんの少し手を伸ばしてしまったのが運のツキである。

今更撤回しようにも花穎の好意は日に増しているように思え、それを嫌な気がしない自分がいた。
惚れた方が負けとよく聞く言葉だが、本当にそうかなと衣更月は最近疑問に思っている。

「美味しい」

にこりと笑う花穎に衣更月も頷いた。

「明日こそ出かけよう 海にも行きたい」
「そんなにお好きとは知りませんでした」
「だって今回はそ…、その為に来たのだ 楽しまないと」
「そうですね」

あの衣更月が微笑するので花穎は思わずスプーンが食器に触れる嫌な音がして、その途端に彼は執事の顔になる。
花穎は気付かないフリをして彼に飲み物のお代わりをした。

それから衣更月が食器類を片付ける様子を花穎は食事をした場所で彼が用意した紅茶を飲みながらぼんやり見ている。

食洗機に入れてボタンを押すだけの行為なのだが、彼が行うとなんだか仰々しいように見えるので不思議だ。
そうしてキッチン横にあるパネルを衣更月が見て花穎に話しかける。

「浴室の準備が出来ました 先に入ってきてはいかがですか? 寝巻きはご用意してあります」
「あ、うん」

花穎はカップをそのまま机に置いて立ち上がり、先ほどいたバスルームへと戻った。




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