うちの執事が言うことには

□この動悸の正体は?
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「ハッピーハロウィン」
「!?」

花穎は思わず目の前にいた衣更月の上着を掴んで、隠れるように扉の方を見た。
あの声、そしてこのタイミング…花穎は見なくても分かっていたのに、たしかに扉の前にいる彼の顔を確認して間違いなかったとため息をつく。

扉の後ろでオラオロする俊の姿も見えたので花穎は全てを理解はした。
理解はしたがこんな格好で赤目と会えば、どれだけ馬鹿にされるか分からない。
花穎は衣更月にだけ聞こえるような小さな声で助けを求めた。

「衣更月 こんな格好見られたくない」
「畏まりました」

衣更月も花穎に合わせて小さな声でそう応えると花穎に立ち上がると同時に背中に隠れるようにと指示を出す。

花穎はパニックに近かったので衣更月がどうするつもりか分からなかったが、彼が屈めた腰を真っ直ぐにするのと同じくソファから立ち上がり衣更月の背に隠れた。
衣更月が壁際に歩いていくのでスーツにしがみついたまま移動する。

「はっ、花穎 それで隠れているつもりか? あ、俊もういいぜ」
「あっの…」

俊の困惑する声が聞こえた。
花穎には見えないが、衣更月が軽く頷いたようには感じる。

扉が閉まる音がした。

赤目と橘が一緒に入って来る。

花穎は衣更月のスーツをギューッと握りしめたままだ。
相手はあの赤目で、ましてこのティールームの扉は赤目の背中側にしかない。
絶望的だと思っていたところ、衣更月が驚くほど冷静に口を開いた。

「赤目様 花穎様へのご用件を伺います」
「え?何? どーいう遊び?」
「花穎様はただ今手が離せませんので、ご伝言御座いましたら承ります」
「…なるほどね」

赤目の声がワントーン落ちたが、言葉の端々に面白いと言っているのが、顔の見えない花穎でも伝わる。
それよりも問題なのは衣更月だ。

間違った事は言ってはいないが、このまま逃げ切るつもりなのかなと花穎が少しパニックになっていた頭を落ち着かせていく。

赤目は歩いて行き、先程まで花穎が座っていた対面のソファに腰掛けた。

「橘 衣更月っちの後ろに人影が見えるか?」
「うん」
「二対一だな 幽霊にでもとりつかれたのか? はっきり見える」

赤目の声に花穎がそうだろうと心の中で返事をする。

「赤目様がそのような特殊な才をお持ちな事とは存じ上げませんでした」
「ふーん」

赤目の返事は怒っているわけではなく、今の場を存分に楽しんでいる声だ。

「仕方がないな また来るよ」
「畏まりました」
「あ、衣更月っちには良い除霊師紹介するわ」
「赤目様から一使用人の私がそのようなお気遣いとんでもございません お気持ちだけで充分でございます」

そう言って衣更月はいつもより少し固めな一礼をする。

「見送りは良いよ」

そう言った赤目の言葉と合わせてソファから立ち上がる音が花穎に聞こえた。
衣更月のスーツをギュッと掴んでいた手が少し緩む。

扉が開く音がした。

赤目が出て行く前にもう一度衣更月の方を振り向き立ち止まる。

「衣更月っちも大変だな 背中の後ろに二つも影がある」
「えっ!?」

花穎が勢いよく後ろを振り向いた。
その瞬間、部屋の中は赤目の笑い声でよく響く。
掴んでいた衣更月のスーツの背中を花穎はまた強く握りしめた。

衣更月は微動だにしない。

「……、仕方ない もう良いよ衣更月 でもそのままだ 動くなよ」

衣更月は小さく頷く。

衣更月のスーツをまだ掴んだままの花穎は声に出して笑っている赤目へ顔を覗かせた。
赤目はようやく顔を出してきた花穎を見て満面の笑みで手を横に振る。

「よっ、お嬢様」

抵抗としてキッと睨みつけている花穎だが、彼には効かない事をよく理解している。

「何しに来たの」
「新作持ってきた レモンパイ食べるだろ」
「っ…えっと、ありがとう 後でいただくね」
「あ、そう」

花穎がパイ生地を好む事を赤目はすでに把握していた。
一緒に食べるつもりで来たのでまさかまだ拒むとはと、赤目は少し苛立つ。
橘からアントルメ・アカメのケーキの箱を受け取り、衣更月に渡せるほど近くに来た。

花穎はまたほんの少し衣更月の背に隠れて赤目を見ている。

「はい 衣更月っちお土産 これ生菓子だけど、どーする?」

赤目の言葉に花穎がここまでかと諦めて掴んでいた手をようやく離した。
左足を動かして衣更月の盾から出ようとしたところで、同じように動いた衣更月の背に鼻がぶつかる。

「頑張るね 衣更月っち」

花穎には見えていない赤目の表情はこの部屋に来て初めて笑っていない。

鼻を手で抑えながら花穎が衣更月に大丈夫だと声をかけると、衣更月は壁側へと避けて、二人のいる方へ向かって一礼した。




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