公安

□俺が壊れる前にオヤスミナサイ
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カフェテラスの前を通りかかると、なにやら透と楽しそうに話す「俺の」補佐官を見かけた。


…ふぅん?


なにその笑顔。
さっきまで泣きそうな顔してたくせにね。
生意気。
だいたい、そんな風に笑って雑談なんかしてるヒマなんでないはずなのにね。
兵吾さんの講義でしこたま絞られて、颯馬さんの小テストでクラスぶっちぎりの最下位だったのにね。
俺からは、ピーチネクターとDOSSのシールつきの缶を買ってこいって言ってたんだけど。


行ってないよね、当然か。
財布もって、これから出ようって時に捕まったみたいだし。


透ごときにね。
ほんと、バカ。
サッサと行って帰ってくれば、勉強する時間も寝る時間もできるってコト、分かってないんだろうな。


ああ、ほんとにバカだ。
ちょっとくらい考えれば分かることなんじゃないの???


考えれば考えるほど、うちの補佐官の要領の悪さに腹が立ってしょうがない。
要領って言うか……それもあるけど、そうじゃなくて……



「歩」


振り返ると、後藤さんがいた。


「なんですか?」


「いや、大丈夫か?スゴイ顔してるようだが」


「何のことです?顔??」


わざとニッコリ笑って何でもない風に見せるのは得意だって。
後藤さんは、そんな俺の様子を黙って見てから少しだけ笑った。


「何でもない、悪かったな。…ああ、室長が後で来てくれって」


「了解です」


笑って後藤さんを見送ってから、また視線を戻す。


が。


彼女はもういない。
透もいつの間にか消えていた。
でも。



「沙也加さーん、車乗ってってください!どうせ俺も通り道だからっ!」


……はあ!?


透の浮かれた声が廊下の向こうから聞える。
名前を呼ばれた俺の補佐官は何かを返事したようだったけど、それはもうよく聞えなかった。


なんか………
ほんとムカつく。
嫉妬とかあり得ない。


「ん?!」


今、俺なんて?
嫉妬?!はぁ?!


いやいや、もうホントあり得ない。
俺が嫉妬するのはおかしいよね。
だって、あの子は俺のタイプじゃないしそもそも好みでもなかったはず。


なのに。
なぜか付き合ってる。
自分でも予測不能過ぎて意味がわかんないくらいに…あの子にのめり込んでる。
好きすぎて自分らしくないことにいちいち戸惑うくらいには、あの子に夢中になっていて……


だから疲れる。


好きって言えないくせに、好きって言わせないと不安になる。


それくらいにあの子は、俺の彼女は周りに気に入られてる。
それが気に入らないくらいに、俺は自分のガキっぽさも受け入れざるを得ない。


ほんと、らしくない。


たぶん、あの子を普通の男女交際の在り方に則って、流れのまま抱けていれば多少は違ってたとは思う。
けど、それは俺の教官としての非常に薄い矜持が断固として譲らなかった。


モラルもある。
けど。
それ以上に怖かったのかもしれない。
好きになりすぎるのが。


あの子に、溺れるのが。
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