公安
□要再教育案件
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俺の駄犬がここ数日、落ち着きを失っている。
命令して持ってこさせた資料は間違いが多く、指摘すれば動揺から派手に床にぶちまけやがる。
講義も眠そうにしてることが多く、最近はぶち当てるマーカーも数本じゃ足りなくなってきやがった。
おまけに実地訓練ではどうでもいいところでのミスを連発させ、成田のクソに担当教官である俺まで嫌味を垂れ流される始末。
イラつかねーわけがない。
仕置きをどうするか考える間もなく、今顔を合わせれば、間違いなくアイアンクローをお見舞いしてる。
それでもってどうする。
命令はきけても忠実に実行できてないグズには、再教育が必須だろう。
イライラと煙草を吸っていると、石神のクソプリンがうんざりとため息を吐きながら俺の後ろを通過する。
「気持ちは察するが、あまり苛めてやるなよ」
「ああ"?なんのことだ?」
それにはなにも言わずにヤツはさっさと歩き去っていく。
雰囲気を察してか、歩と黒澤までもが近寄ってすら来ない。
まぁ、それはそれで好都合だ。
躾と仕置き、再教育を施してもなお、間の抜けてる専属補佐官に振り回されているのは、今に始まった事ではない。
そしてあろうことか、この俺が間抜けたクズに引っ掛かって、らしくもない苛立ちを募らせているのは、教官仲間では暗黙の了解となっていて、それがさらに苛立ちを加速させている。
何度目かわからない舌打ちをして、煙草を灰皿に押し付ける。
さてどうしてやろうか。
そう思いながら顔をあげると、遠くの渡り廊下を、訓練生の佐々木と千葉が笑いながら歩いていた。
「えー、千葉さんそれはないよー」
「そうかなぁ?でも男はそれが嬉しいんだって」
「でも沙也加は私と同じ意見だよ、絶対」
二人が抱えている段ボールからは、キラキラとした何かがはみ出ていて、歩きながらそれを押し込んでも、また微妙にはみ出すそれを見て俺は気づいた。
「モール…?」
渡り廊下から向こうへ曲がっていく二人は、俺に気づくことなく楽しげに、プレゼントだの、飾りつけだのと話ながら去っていく。
「それより御堂は大丈夫なのか?クリスマス会」
「うん、なんか頑張って再提出の課題はこなしてるんだけど……」
どうかなぁ?
そんな佐々木の言葉に千葉が何かを返したが、その声は遠くにあって聞こえなかった。
なるほど。
時期を考えれば、あの間抜けが落ち着きを失うのも道理か。
大方、寮生同士でクリスマス会という名目で飲んだり騒いだり、後はプレゼント交換なりをするのだろう。
その準備や何かに時間を、というか全神経を持っていかれてるのなら。
「甘すぎだ、クズが……」
警察に、とりわけ公安に受かれたクリスマスなんていうイベントはあってなきが如し。
だが。
考えようによっては、浮かれ気味の俺の駄犬を今のうちに、公安刑事たる本来の姿に調教しておく絶好の機会だ。
せいぜい絶望しやがれ。
公安にクリスマスはない。
だが、恋人としては?
あのクズは重要視してるはずだ。
何せ単純明快なアホだ。
そこが可愛いと思う俺も大概アホの極みだが。
佐々木の言い方では、沙也加は再提出を食らった課題と格闘中らしい。
当然だ。
アイツに余裕なんかあるはずがない。
それをどうにか消化して、千葉が心配するクリスマス会にいく予定がとりあえずはあるらしい。
アホか。
駄犬は飼い主のそばに侍らなければならない。
他の群れについていくのはあってはならない事だと躾し直してやろう。
そうと決まれば。
俺はスマホを取り出して、ごく短いメールを打った。
ーーー訓練レポート二つ追加。25日まで