公安

□ズルいのはどっち?
1ページ/1ページ


実家から送られてきたという大量のリンゴのうち、いくつかを俺の部屋に持ってきた沙也加は、器用に皮を剥いて見せた。

「上手いもんだな」

「慣れですってば。小学校の頃からやらされてましたし」

「小学生がリンゴの皮を剥くのか?」

「はい。家庭科でもテストがあったんですよ」

あとは、リンゴの皮むき大会もありますし。とニコニコ笑いながら話す沙也加。
それでも手は止まることなくスルスルと動き、赤い皮は細長く繋がりながらまな板の上に畳まれるようにして山を形成して行っていた。

綺麗に皮が剥かれたリンゴは等分に切り分けて皿に乗せられる。
そのうちの二つに爪楊枝を指してから、沙也加は微笑んだ。

「どうぞ召し上がれっ!」

可愛い言い方に思わず笑みがこぼれる。
そんな俺を見て、沙也加は頬をうっすらと染めた。
わかってる。
この表情は照れているのだと。
しかし、なぜ突然に照れるのかわからず、そのまま探るように恋人を見つめた。

「あの…後藤さん?食べませんか?」

「いただくが…」

「?」

「食べさせてくれないのか?」

「え?!」

次第に真っ赤になっていく彼女を見てるのは楽しい。
が、それでもすぐに嬉しそうに笑うと、リンゴを一つとって俺の口許に持ってきた。

「あーん、してください…」

恥ずかしそうに笑いながら、さっきよりも小さな声で言うのがなんとも言えない気持ちにさせる。

大人しく口をあけると、沙也加がリンゴをひときれ食べさせてくれた。

「うまい」

「ですね」

そう言って自分のぶんを取ろうとした沙也加を制して、今度は俺が彼女の口許にリンゴを持っていく。
意図を理解した彼女は、また紅くなった。

「えっと……あの」

「沙也加」

「は、はいっ」

「ほら……あーん」

「!!!!!」

挙動不審の典型例ともいえる動揺をみせながら、可愛い恋人は色んな感情が混ぜ合わさった表情で口を開けて、俺の差し出したリンゴを一口、また一口とかじっては咀嚼して飲み込んでいく。

最後の一欠片を口に入れてやると、指先が彼女の赤い舌をかすった。

「あ、ごめんなさ……い!!?」

「?」

少し湿った指先を何気無く舐めとる。
そんな様子を見て、沙也加が目を見開いて固まった。

「どうした?」

「い、いいえ……」

赤い顔のまま俯く沙也加にまたリンゴを持っていく。

「あの、後藤さん?私はもう…」

「食べないのか?俺は食べさせてもらうのもいいが、食べさせるのも結構好きなんだが」

「そ、それじゃあお裾分けにならないですよ」

だから、後藤さんが食べてくださいと喚く口に、強引にリンゴを押し込む。

「もう、もうっ!」

憤慨しながら食べる沙也加を見ていると、笑いが浮かぶのが自分でもわかる。

「アンタ、可愛いな」

「!!!!!」

自分でも驚くくらいのしみじみとした言い方に、沙也加は目一杯に目を見開いてから、また「もうっ!」と膨れる。

「後藤さんはズルい!ズルいです」

「何がだ」

「なんかもう、色々とズルいんですっ」

そう喚きながらも、リンゴを頬張る姿までもが可愛いと思うのだから、むしろズルいのはアンタだ、と密かに思うのだが。

とりあえず、むくれた顔よりは笑顔や照れた顔のが好きなので。
リンゴの皿を取り寄せて、俺は口を開けた。

「……あーん」

みるみる顔が紅くなった彼女がなぜかまた照れ始める。

「もうっ、可愛いのは禁止です!後藤さんが可愛いのはダメですからっ」

「はぁ?」

呆気にとられてると、口にリンゴが押し込まれた。

彼女の照れながら怒り始めるという芸当を興味深く見つめながら、俺は思う。

「可愛いというのは、アンタのことを言うもんだ」

「っ!」

無意識に口から本音が零れていたが。
それは当然の事で事実だから、当たり前のように頷いておく。

そんな俺を見て、彼女は頬を押さえて呟いた。

「天然なんですか、それ……?」

翻弄しないでくださいよ、と小さく付け加えた恋人を見つめる。
拗ね始めたのか。
どうしてそうなったかは理解できないが。
それは俺の本望ではない。
口に詰め込まれたリンゴを噛み砕きながら、黙って両腕を広げる。
すると、その意味を理解した彼女が胸元に飛び込んできた。

とても、嬉しそうに。

「機嫌を直してくれ」

「悪くなってませんよ。ただちょっと……悔しかっただけです」

「?」

「後藤さんは仕事できて、カッコイイし、たまに可愛いので。敵わないなぁって思っただけです……」

グリグリとおでこを俺の首もとに押し付けながら、言い訳のようにいい募る彼女の背を優しくなでる。

「それは……嬉しいな」

「え?」

「可愛いというのは、分からないが……。恋人に頼りにされてる、自慢に思われてるのは……俺は嬉しい」

華奢な体を抱き締めながら伝える。
訓練やトレーニングを重ねても、未だどこか頼りない身体は、庇護欲をそそる。

腕のなかで顔をあげた沙也加は、照れくさそうに微笑むと。
そのまま首を少し伸ばして、俺にキスをくれた。

「……さっきの話だが」

「なんですか?」

「翻弄しないでってアンタは言うが」

「?」

「俺を翻弄させてるのはむしろアンタだ」

「え?!」

自覚がないのか。

「キスされてそのまま俺が解放すると思うのか?」

「!」

小さく笑いかけると、沙也加の顔がまた紅くなっていく。

「……やっぱり、後藤さんはズルいです…」

「…今のは、意地悪だったな。ワザとだけど」

そう言うと、沙也加は優しく俺を睨んで。
もう少し深いキスをそれから交わしあった。









おわり
 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ