公安

□恋人はサンタクロース
1ページ/4ページ


「潜入捜査……」

教官室でうちの彼女が小さく呟いた。
それを石神さんが横目で捕えてから「そうだ」と言う。

「政界、財界の重鎮が多く集まるクリスマスパーティーだ。そこに以前からマークしてる重要参考人が現れるという有力情報も来てる。何としてもヤツの目的を把握しなくてはならない」

石神さんの隣で後藤さんが無言で肯き、颯馬さんが口だけで笑う。

「あなたがこれを聞かされている意味は分かっていますね?」

「は、はい。行ってくるんですよね?パーティー会場に」

「そう。よくできました」

「……はぁ、でも……」

腑に落ちない顔のまま、俺の方を伺う彼女を見て、石神さんは無表情で言い放つ。

「お前の担当教官である東雲の了解は得ている。そうだったな」

こっちに話を振られれば答えないわけにもいかない。

「はい。石神班のお役にたてるかは分かりませんけど。最低限の事は出来るように指導してますから。御堂さん、頑張ってね」

ニッコリ笑ってそう言うと、彼女は「はぁ」と小さく相槌を打ってから、石神班の面々に頭を下げた。

「わかりました。よろしくお願いします」

下げた角度の表情は、俺からは横顔になるけどよく見えた。

……ガッカリ……、そんな事が読み取れる。

そりゃそうだよね。
だってその政界や財界の大物が集まるクリスマスパーティーは12月24日。
イベント大好きな単純バカの彼女が最も張り切る年末最後の「大事」な行事なのだ。


「教官、クリスマスは一緒に過ごしましょうね!チキン食べて、ケーキ食べて、シャンパン飲んで、それから……」

ちょうど三日前にクリスマスの事について、彼女と話したばかりだったっけ。
ワクワクしながらセオリー通りの過ごし方をズラズラ並べ立てる彼女を見てるのは楽しい。

でも、なんか……

「……ウザ」

「え、ちょっと!なんでそんな事いうんですかっ!クリスマスですよ!?もっと恋人らしくドキドキワクワクするような感じで過ごしたいです」

「っていうかキミさ、普段から休日はウチに来てなんやかんや料理して、俺と一緒にごはん食べて過ごしてるでしょ?何が違うの?ブラックタイガーがチキンに変わって、発泡酒がシャンパンに替わっただけじゃない。デザートにデカいケーキがついただけで、どうやってドキドキワクワクできるの?」

「そ、それは……。あ!ご飯の前にデートとか……」

「……怠」

「ええええっ」

「キミ、バカなの?俺が人混みとか嫌うの分かっててそんなこと言ってんの?クリスマスでしょ?街に人が溢れかえってる事くらい分からない?」

「うぅ……」

しょぼくれる彼女を見ながら、心の中でため息をつく。
そりゃ、彼女の言いたい事も分からないワケではない。
ハッキリいってイベント事はくだらないと思ってる。いっそのことなくせばいいとまで俺は思う。
それでも、何かそう言った時期に差し掛かると、俺の彼女は普段以上に張り切りだすのだ。
大抵は空回りに終わったり、失敗に終わったりする…っていうか、それしかないんだけれども。
でも、そういうイベントに命を懸けるくらいに真正面から取り組んで楽しんでる姿は、悪くない。

それでもって、それが全部俺のためであるのだから、正直いって……嬉しかったりもするのだ。

で、今回も色々と計画を並べ立てて誘われたりもしたんだけど。
結局、浅はかな、というか普段より豪華にして過ごすこと以外に労力が割けない現状(課題提出と定期試験間近のため)は、俺も彼女の分かっているからこそ。
彼女が一番期待している、ドキドキワクワクなロマンチッククリスマスの実現は難しいと俺は思うのだ。

まぁ、それ以前にお泊りは厳禁なので、ロマンチックも何もないんだけど。

……でも、キスくらいなら……まぁ……。

「……いいよ」

「え!?」

「仕事入らなかったら良いよ。どうせなんか計画してるんでしょ」

「!!」

「楽しみにしてる。今年も」

「っ!」

その瞬間の彼女の表情には参った。
パアァァッ!と光でも放ったんじゃないかってくらい、嬉しそうに笑うから。
だから、人でごった返すイルミネーションなんかも、付き合ってやってもいいかも、なんてちょろっと思ってしまったのだ。



そんな事を思い返しながら、手元の講義資料に目を落とす。
室内では石神さんが、資料を目で追いながら監視対象者の事を説明してるところだった。

っていうか。
そもそもなんで俺の補佐官を助っ人に呼ぶんだよ。
男女同伴でパーティー会場に潜入なら、俺と彼女でよくない?
……ああ、そうか。兵吾さんか……。
石神さんとしては、俺の上官であり俺の班の班長でもある兵吾さんには借りを作りたくないって所か。
補佐官の貸し借りはノーカンだけど、班員の助っ人要請は後々揉める原因になる。
とくに、石神班と加賀班は。

そう思い当ってチラリと兵吾さんをみると、不機嫌そうにふんぞり返って、提出されたレポートを読んでるところだった。

「……言いてぇ事があんならハッキリ言え、ガキが」

「いいえーなにも」

視線を、目も上げずに舌打ちをする兵吾さんから、また彼女へと戻す。

石神さんの話す事を一言一句もらすまいと必死に聞き入っている所からして、すでにいっぱいいっぱいなのは見て取れた。

大丈夫なの、アレ。

嫌な予感しかしないけど。
まぁ、どうにかなるんだろう。
だって決して優秀とは言えない訓練生を引っ張り出すくらいなんだから。
あの子の力量でも十分ってコトなんだろう。
それに、あの石神さんがついてるんだから。
最悪の事態にはまずならない算段は付いてるはずだ。

「場所は神戸」

「え」

え??
彼女の短い返事には、驚きと絶望が滲んでる。

「正確には神戸港だ。船上クルージングと言う事だが、前乗りした方がいいだろう」

後藤さんの淡々とした説明を彼女がどうにか飲みこんでいる。
あーあ。行って帰ってくるのも楽じゃない。

「はい……」

やっとの思いで返事をした彼女に颯馬さんが笑いかける。

「大丈夫ですよ。我々も一緒に向かいますし、潜入もあなた一人でさせませんから」

「では、今回は颯馬教官と一緒なんですか?」

「いいえ。適任者をつけさせます」

「え」

……もしかして……

嫌な予感に顔をあげると、教官室の扉が勢いよく開いた。



「ジャジャ―ン!!パーティー大好き☆黒沢透です☆エスコート役はあなたの王子様、この黒沢にお任せあ・れっ♪」


……やっぱり……。

寄りにもよって煩さしかとりえのない後輩が彼女の相棒とか……!

こればかりは、俺は石神さんの采配を恨んだ。

「黒沢、うるせぇ」

「黙って入ってこれないのか」

それぞれの上官に嫌みを言われても、後藤さんの拳骨食らっても、颯馬さんのアイスブリザード級の微笑みをうけても、今回の透は強かった。

「何とでも言ってください!今回の俺は打たれ強いんです!なんてったって沙也加さんとコンビ組めるんですからね!やっと、やっと俺も日の目を見れるようになってきたってことじゃないですか〜〜〜♪」

石神さん、感謝☆そう言ってバチンとウィンクまで飛ばす透に、石神さんが頭を抱えてる。
……ほんと、なんでこんな人選にしたわけ??

多分、っていうか絶対、俺はスゴイ顔してたんだと思う。
俺の方を見た後藤さんが驚いたように目を見開いた後、申し訳なさそうにちょっとだけ頭を下げてきた。

「仕事だ。遊びに行くわけではない」

石神さんの冷たい視線にも透は負けてなかった。

「わかってますって☆ちゃんと沙也加さんと成果を挙げてきますからっ」

これ以上ない笑顔を握りつぶしてやりたかった。
頑張りましょうね!と彼女の肩を抱きながら胸をはる透は、すかさず後藤さんと石神さんの鉄拳をくらい、颯馬さんのボディーブローを受けて床に崩れ落ちる。
ざまぁみろ。

対して彼女はというと。
難しい顔で資料を見ながら、何かを考え込んでいる様子だった。

ま、透なんかに赤面しないだけ良かったかも。
その姿だけでも気分は持ち直した。

「アホくせぇ…」

隣で呆れたように呟く兵吾さんの独り言は聞こえない振りをして。



つづく
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ