月に願いを

□1夜
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唯の気まぐれだった。
原色で塗り潰したような濃紺の夜空に惹かれるように、いつもとは違う道程で帰路へと着いた。


空にはひとつの星など無く。かと言って雲が掛かっているわけでもない。
唯ぽっかりと穴を開けたかのように黄金色の満月が輝いていた。

普段通りにイヤホンをはめ、お気に入りの曲を流しながらゆっくりとした歩調で歩いた。














そこで、見つけたのだ。



空と同じ色の髪を持った少女と。







体は小刻みに震えており、瞳には光など燈っていなかった。



いつもなら、そのまま放っておいただろう。
だが、その日は“いつも”とは離れていた。



月の光に煌めくように艶やかに光る髪を前に、いつも通りでいられる筈もなかった。






自分でも気が付かないうちに、声を掛けていた。




「自分、どうしたんや」


声に反応してか、びくりと体を少し大袈裟に震わせる。

瞳はこちらを捉えてはいるが、相も変わらず光は燈らない。
焦点が合っていない虚ろな瞳に怯えの色を滲ませながら、囈のように唇を揺らした。



「ご、ごめんなさ……っ、ごめんなさいっ……」


「は……?」




予想を大きく違えたその返答に多少なりとも焦りを浮かべながら、頭を冷静に働かせようとする。




一体彼女は何に謝っているのだろうか?


…いや、そもそも何故こんな所に独りで居るのか。





一度頭をそちらの方向へと切り替えてしまえば、堰を切ったかのように疑問が浮上してくる。



先程と同じ様に、また知らぬ間に目の前の彼女に疑問をぶつけていた。


「何でこんなところにおるんや」


「やっ……ごめん、なさい」




また、か。
謝罪の羅列など聞いてはいないのだ。俺は唯知りたいだけであって。


少し苛つきながら、何の気なしに未だに小さく震えている体の方を見やった。




「っ…………何や、ねん……」





半袖のシャツから覗く白い腕には、月明かりしか便りが無い今の状況からでも分かる程の痣と傷が。



そして、俺の頭はひとつの結論へと至った。



結論を出した瞬間に、彼女を怖がらせないように細心の注意を払いながらそっと濃紺の髪に触れ、優しく撫でた。



「ひっ……」


「大丈夫や…………俺は財前光や。…俺ん家、来るか?」


「え………な、何言って…」





普段はしないような笑みを浮かべて言ってやれば、少しは落ち着いたのか焦点が合ってきた。



……濃紺や。


髪色と同様に、瞳もまた今日の夜空色をしていた。
 

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