森艶〜シンエン〜
□免罪歎願
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ある朝、阿含くんが、突然荷造りを始めていた。
裸のままベッドに寝ていた私は、「どこかへ行くの?」と尋ねた。
阿含くんは、ぶっきらぼうに「あー」と、応えただけだった。
荷造りを終えると、ベッドに腰掛けて「三日ぐらい留守にするわ」と言った。
「…旅行?」
最近、阿含くんに頻繁に電話をかけてくる女の人がいた。女の人…だと解る理由は、阿含くんの声が、その電話の時だけ私の時のように猫なで声になっているからだ。
阿含くんは、イラッとしたように眉をひそめたが、すぐに笑顔を作った。
「寂しい?」
正直、寂しさは無かった。
阿含くんと会わなくて済む…という安心感の方が勝る。
「…うん」
阿含くんは、さらさらと私の髪を撫で、「すぐ戻るよ」と言った。
そしていきなり髪を鷲掴みにし、顔を上げさせる。
「…っなっ…」
「う、わ、き…したら、許さねえからな」
目が、本気だった。
体の芯が、凍りつくようだった。
「…し、」
――ヒル魔くん…
「しない、わ…」
タスケテ・・・
それを聞いて満足したのか、阿含くんは優しく抱きしめてきた。
「…よしよし、良い子だねぇ、まもり」
キスをして、更に首筋に自分の所有物である証を残す。
「――…」
満足そうに、フンと笑って、彼は出て行った。
残された私は、肩を抱いて震えながら、泣いた。
…いつまで…
阿含くんの『モノ』で在ればいいの?
布団に潜り込んで、この震えはなんなのか解らないまま、眠ってしまった。
カチ、カチ、カチ…と、秒針の音を感じて、目を覚ました。
なんだか、頭がぼーっとしている。
喉が渇いた…けれど、体がダルくて起き上がれない。
ああ、そうか。阿含くんはいないんだっけ…
いたら、お水くらいは頼めるかな。でも、そうか、私…独りなんだ。
とても惨めな気持ちになってきた。
「…水…」
呟いても、水は出て来ない。
――はず、なのに、コトンと音がして、ベッドのサイドテーブルに、水滴の付いたコップが置かれている。透明な氷と、水が並々と注がれていた。
手を伸ばして、夢中でそれを飲んだ。
おいしかった…
でも、どうして?
「阿含くん?」
誰もいない空間に向かって、名前を呼んでみた。
けれど、私の声の反響だけが、虚しくビリビリと残るだけだった。