芯樹〜シンジュ〜

□夏、音。
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 蝉の声と、木々のさざめきが教室に響く。
 残像のように。
「姉崎…先輩とは、どこまでいったんスか?」
 静かな放課後のはずだった。
 十文字が、悪魔に食ってかかれるほどに。
「ヒル魔先輩」
 ヒル魔は、パソコンを開いていた。
 だが、手を動かしてはいない。
 聞こえている。
 だが、雑音だ。
「ヒル魔先〜輩?」
 十文字は更に詰め寄る。
「付き合ってるんデショ?」
 さすがに煩わしくなったのか、ヒル魔は顔を上げた。
 十文字は、にやにやと笑う。
「…なんだ、テメェ。あの女に惚れてんのか」
 十文字は、余裕ある声で「はい」と応えた。
「好きっスよ。毎日ヤりたいくらい」
 ククク、と、含み笑いをする十文字を、ヒル魔は睨む。
「――あんただって、惚れてるんだろ?」
 …ヤりたいくらい?
 風が吹いた。
 ヒル魔の髪を、さらさらと濃い緑の匂いが触れる。
「…くだらねェ」
「で、付き合ってるんスか?」
 ヒル魔の言葉を無視して、十文字が重ねて尋ねる。
「付き合ってない…って言ったら?」
 ヒル魔の問いに、十文字は満足したらしい。
「ふぅん」とだけ呟いて、さっさと教室を出て行った。
 残されたヒル魔は、蝉の声をただただ、ぼうっと聴いていた。
 ――ヤりたいくらい好き?
 …それは、『恋』と云うのだろうか。

 ヒル魔だって、女性と経験がない訳ではない。
 ――ただ…
 違う。
 今まで夜を共にした女たちは、まもりほど真っ直ぐにヒル魔を見ない。
 正直、あの目は苦手だ。
 ヒル魔を貫く、純真無垢な。
 本人に自覚がないところがまた、罪作りだった。
 その目に焦がれて、ふらふらと男たちが寄っていくのに、まったく気づかない。
「…糞…」
 ボソリと呟き、ヒル魔は帰り支度をする。
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