芯樹〜シンジュ〜

□ありふれた日常に、あなたという名の福音
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 ねぇ、知ってる…?

 ヒル魔くんは、なんだかんだ言ってても不良とは違うから。
 ちゃんと授業を受ける。
 先生たちも、だからこそ彼の扱いに戸惑っている。
 成績はクラスで一番。
 負けたくないと意地を張った時もあったけれど、とてもかなわなかった。


 テスト中。


 始まった途端に、ざかざかとペンを走らせ、わずか15分でテスト用紙を裏返した。
 それから彼は、ぼーっと窓際を見つめていた。
 集中しなきゃ…
 そう思うのだけれど、彼の首筋にかかるわずかな後ろ髪に、目がいく。
 健康的に日焼けした肌。
 それでもまだ白い。
 …だから、そうじゃなくて。
 間違えてしまった…式が成り立たない。
 ロケットベアーの消ゴムを使って、この数式を削除。
 目の前の金髪に見惚れた自分が恥ずかしくて、手元がぎこちなくなる。

 ――あ…

 消ゴム落としちゃった…
 どうしよう。
 替えなんてないし、テスト中に動けない。
 しかも、よりによってヒル魔くんの足元…
 …先生は、読書に夢中だし。
 どうしよう、ヒル魔くんに言わないと…

 私が、ヒル魔くんに声をかけようと息を吸い込んだ時、ヒル魔くんが気づいた。
 消ゴムをひょいと拾うと、ロケットベアーとにらめっこしている。

 それ、私の…

 と、言わなくても解ったのか、
 前を向いたまま静かに消ゴムを私の机の上に乗せた。

 …ありがとう…

 声が出せなくて、言えなかった。
 骨ばった手、ゴツゴツしているのに、指先が長くて綺麗。
 あ、ちゃんと爪切ってるんだ、なんて呑気に思ってしまった。

 でも、どうして私のだって解ったんだろ。
 ロケットベアーだからかな。
 でも、クラス内にも他に使っている人、いるかもしれないのに。
 余計な事、考えてる場合じゃない。
 解かないと…

 ただの消ゴムなのに、なんだか触るのさえ躊躇(ためら)われる。

 クスッと、一人静かに笑った。
 もう、これ以外の消ゴムは買わないぞ、と。
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