金木犀〜キンモクセイ〜

□第四章◆エリュシオン
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 潮風が、マモリの髪を湿らせる。
 三人は、活気のある港町にたどり着いた。
 着いた早々、ムサシは宿屋を手配した。
「姫君には、窮屈でしょうが、我慢なさってください」
 ムサシは、小声で囁いた。
「それから、服を買いましょう。姫君は、目立ちすぎます」
 マモリは、キョトンとして、ムサシを見つめ返した。
 思わず、ムサシは目を反(そ)らしてしまう。
「…では、行ってきますので…」
 そそくさと、部屋を出て行ってしまった。
 部屋に残されたマモリは、窓の外に広がる景色を眺めた。
 海…!
 これが、海…
 生まれた時から城で生活をしていたマモリにとって、海を見たのはこれが初めてだった。
 小さな島とは言え、漁業も盛んな国でもあるので、多くの船が行き来している。
 船の間を縫うように、ウミドリたちが空を舞う。
「…いいなぁ」
 鳥のように、何処へでも自由に行けたら――。
 昔のマモリだったら、まず願う事すら知らなかったであろう。
 だが、もう祖国は滅びた。
 いつまでも、王女気取りではいられないのだ。
「あれは、バルハラの船だな」
 マモリは、驚いて窓から身を乗り出した。
 マモリが景色を眺めていた窓の外に、ヒルマが立っていた。
 ここは三階。
 つまり、屋根に、彼はいた。
「ちょっと、ヒルマくん!危な…」
「バルハラの船がいる…という事は、逃亡困難だな」
「え?」
 ヒルマの言葉に、マモリは港の方を見た。
 白い鎧を身に付けた兵たちが、船乗りたちを一人一人引き留めては通していた。
「検問だ」
 ヒルマは、苦々しく呟いた。
「おそらく、テメーらを捜しているんだろう」
「そんな…」
 バルハラ帝国は、意地でもマモリを捕えるつもりなのだ。
 そして、『箱』を…『箱』から出てきたヒルマをその手に。
 それだけは避けなくてはならない。
 何故だかは解らないが、ヒルマをバルハラ帝国に渡してはならない気がした。
 それは、ヒルマが凄まじい魔力を持っているからというだけではない、もっと何か、重大な…
 その時、背後で部屋の扉が開き、大きな荷物を抱えたムサシが帰ってきた。
「窓を閉めてください」
 ムサシは、厳しい顔で言った。
 マモリが窓を閉めようとすると、ヒルマがヒョイっと窓から入ってきた。
 ヒルマの姿を見ると、ムサシはまた少し、眉間にシワを寄せた。
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