金木犀〜キンモクセイ〜
□第五章◆エリュシオンU〜魔導師と弟子〜
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雨は酷く、容赦なく男の体を打った。
南に位置する大陸だけあって、スコールのような激しい豪雨。
今、男はただ独りで雨の街を歩いている。いや、かろうじて歩けている。濡れた体が芯から冷えて、体温は上昇を続けていた。
賑わいを見せていた通りも、今は雨音ばかりが響く。
この陽気に、雨を防がず歩く酔狂な自分を、ヒルマは笑った。
翼が有るのだから飛べば良いのだが、熱のせいで体の自由が利かなかった。
たかが女一人のために…
ぜえぜえと肩で息をしながら、とうとう歩けなくなったヒルマは、レンガ造りの壁にもたれて崩れ落ちた。
悪魔がこんな最期か…ケ、冗談にもならねェ。
漏れた独り言に笑いながら、彼は意識を手放し始める。
遠くから、誰かの声を聴いた気がした。
それを最後に、目を閉じ、闇の中へストンと落ちた。
暗い街、雨の中。
茶色い大きな塊が、行く手に見える小さな黒いモノに気づいた。
黒いモノはヒトで、明るい黄金(きん)の髪をしていた。
「先生…ヒトが…」
『先生』と呼ばれたヒゲ面の老師が、雨で重たくなったローブを持ち上げた。
「ん?…行き倒れか」
すると、茶色い塊は大急ぎでそれに近づき、生死を確認し始めた。
「やめとけ、面倒になるぞ」
「でも先生、生きてる!このままじゃ、死んじゃうよ!」
老師の言葉を遮り、茶色い塊は大声で必死になって叫んだ。
やれやれと、老師は首を小さく横に振り、優しすぎる弟子の元へ駆け寄った。
「こりゃあ…!」
行き倒れの男の異常なまでの発熱に、老師は驚き、そして妙な好奇心に駆られた。
どうしてこうなったのか、当人に尋ねたいと思ったのだ。
彼の体温はますます上昇し、あまりの熱さに雨が蒸発し、全身から湯気が立ち上っている。
危険だ。
「すぐに運び出すんだ!」
老師の発言に、茶色い塊は満面の笑みで「はい!」と応え、黒い金髪男を軽々と肩に担いだ。