芯樹〜シンジュ〜

□『それは、“外界”の業』
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 うららかな日曜日。
 私は、静かに家を出る。

 閑静な住宅街に、父親が財をつぎ込んだ白い家。
 西洋風な門をキシリと閉め、清楚なワンピースに身を包んで出掛ける。

 夫は不在。
 いてもいなくても大して変わらない。
 私たちには、愛が無いから。


 背後に、人の気配がする。
 ――大丈夫、ちゃんと付いて来てる。

 気配を隠そうともせずに、『彼』は一定の間隔を空けて私の後を付いて来る。
『彼』は、春だと云うのに、上から下まで真っ黒の出で立ちに、ピアスをしていて、更に金髪だった。
 ツンツンと髪を立てているが、襟足は少し長く、ひとつに束ねている。

 『彼』は愛の無い夫の手先…でもある。


 数分歩き、バス停に着いた。
 バスを待つ間、『彼』はベンチに座る。
 私は、背中合わせに腰掛け、つまらない恋愛小説などを読む。
 お決まりの行動。
互いに何も干渉しない。代わりに、『彼』は私を監視し、私は自由に仕事をする。

 バスに乗り込む。
 私は、前の座席へ。『彼』は一番後ろの座席へ。
 『彼』は、自分のスタンスを決して崩さない。
 頑固なんだか、神経質なんだか…。

 ぼーっとしていたせいか、次のバス停のアナウンスを聞き逃してしまった…
 そう思った時、私のではない別のボタンのブザー音が鳴った。

 ああ、そうだ。次で降りるんだった。

 『彼』が、押してくれていた。流石に、覚えてしまったのだろう。

 バスが停車し、先に私が降り、続いて『彼』が降りた。
 それから、数百メートルほど歩いた所にあるオフィスビルの4階。
 そこが私の仕事場だった。
いや、正確には「仕事を貰う場所」だ。事務所なのだから。

 ビルの中に入り、小さなエレベーターを待つ。
『彼』と私が、二人きりになる唯一の空間。


 重たい扉がゆっくりと開き、『彼』が入って来やすいように扉を押さえる。
 『彼』は顔を伏せたまま、エレベーターに乗る。
あくまで、赤の他人を装うつもりなのだ。
「あなたも懲りないのね」
 ぼそりと呟いた。
「仕事だからな」
 歯に衣着せぬ言い方で、『彼』は応えた。
「そういえば、あなたの名前…聞いてなかったわ」
 『彼』は、ケケケと笑って「やっと『その気』になりマシタ?」と言った。
「違うわ。ただ、毎日こうしているのに、名前も知らないなんて不自然じゃない」
「俺からしたら、監視付きで出歩くアンタの方が不自然だがな」
 チン、と、エレベーターが4階に着いた事を告げ、『彼』とのお喋りは終了。

 結局、いつもこんな感じで、名前すら聞き出せない。
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