Long

□華通学園高等部
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華通学園へようこそ Bell*01

「ここで……いいんだよな」
 俺は手元の地図と目の前に堂々と掲げられている立派な石門に刻まれた文字とを交互に見比べる。そうやらここで間違いないみたいだ。俺の目指していた、華通学園(はなみちがくえん)という場所は。
 時は5月。春を告げる強い風も穏やかになり、首都圏では桜もとうに散っている筈……なのだが、何故かこの華通学園を彩る桜並木は、桃色の花弁を空に漂わせながらも満開のままを保っている。
 俺がこうしてここにいるのには勿論理由がある訳で、早い話、俺はここへ転校しに来たのだ。しかも俺は高校1年生。以前の学校には1ヶ月しか通ってないことになるが、それはまあ、親の仕事の都合ってやつだ。買った制服は勿体無いかと思ったが、ここは私服校だと言われたので取り敢えず今日はそれを着て来た。しかしあまりいつまでも着ていても前の学校に未練がある、等と思われたくは無いので、追々普段着を着るつもりではあるが。
 と、そこで強制的に意識は現実世界へと引き戻された。誰かが思い切り、後ろからぶつかって来たからである。足音が全くしなかったから、人が来ていたことに全然気付かなかった。
「おっ、とっ、と……」
 俺にぶつかった人――生徒、しかも女の子らしい――は、よろめきながらもバランスを保って、転倒することはなかった。そしてどうにか両足を地面にしっかりつけて動きを止めると、上半身を覆うようにすっぽりと被った薄い黄色のポンチョをはためかせながら振り向いた。くりくりとした大きな黒い目で俺をじっと見た少女は、数秒流れた沈黙の後で開口一番、
「ね、君でしょ。噂の転校生ってさ」
 とご丁寧に俺を指差して言った。
「そ、そうだけど……?」
 ちょっと困惑気味で俺は頷いた。一目見てそうかと分かるほど噂になってるなんて思いもしなかった。昔から、クラスの輪の外でゆったりと生きてきた俺は、そういう注目だの好奇心だのを掻い潜るだけの処世術を持ち合わせていなかった。この時期に転校するっていうのはそんなに珍しいことなんだ……と、俺はこの注目の意味を勘違いしていた。
「確か1年生なんだよね。僕も1年生になりたてでさ。名前はリプリーだよ。……っと、僕急いでるんだった。じゃ、またね。僕は遅刻の常習犯として為さねばならないことがあるから、これで失礼するよ」
 自分のことを僕と呼んだ不思議な少女は、桜並木の続く学園の中へと走り去ってしまった。あ、よく見たら、あの人裸足で走ってるぞ!?痛くないのかな……というか、家からここまで裸足で来たのか……?考えれば考える程不思議な少女だ。考えてもきりがなかったので、俺も少女の足跡を辿るように学園の中へと足を踏み入れた。
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