大奥への扉

□大奥 〜追憶の裏の裏 B〜
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 大奥 〜追憶の裏の裏 B 〜

しかし、その家光の様子は計算済みのようで崇源院は顔色一つ変えることはく、その周りに座っている女中や春日局さえも誰も動揺すら見せる者もいない。

「母上、何とか言って下さい!!お前達も何とか言ったらどうなのだ!!
私は絶対行かぬぞ!!絶対行かぬ!!」

苛立ちを隠せない家光が大声を荒げるが、女中達はおろか、誰一人として
口を開こうともしない。

「上様、ここに将軍として存在している以上、拒む権利は一切無いのですよ。
いずれは通る道です。それが早くなっただけのこと。話は以上ですから、
夕刻過ぎには準備をしておくようになさって下さい。」

崇源院は淡々と言い放つと、その場を立ち上がり、踵を返した。

「母上!!話はまだ終わっていません!!お待ち下さい!」

立ち去ろうとする崇源院を追いかけるように前に出た家光であったが、側にいた女中達に取り押さえられ、行く手を阻まれる。

「おい、離さぬか!!私はそんな命令には従わないからな!!離せ!!」

姿が見えなくなるまで叫び続けた家光であったが、崇源院の下した命が取り下げられることはなかった。
その場にいた女中や春日局、誰一人として口を挟む者もいなかった。

言われるがままに将軍になり、無理やり教養やら躾やら強いては幕府の財政までも押し付けられる事が幼い家光には苦痛でしかなかった。
しかし、全ては病に倒れた父やそれを裏で支える母、そして病弱な兄の日向の為だと思い、苦痛ながらも自分の運命に従うしか道は無いのだと思っていた。
どんなに辛い勉学でも乗り越えるつもりではいた。
それが自分の定めなのだと言い聞かせる為に。

しかし、それと「世継ぎの為」をつなぎあわせるのはまだ当分先の話だろうと考えていた。
婚儀をすませ、行く行くは「跡継ぎ」を考えなければならない時がくるのだろうと、
幼い自分にはあとせめて三年先で十分だとさえも思っていた。

大広間から女中達に無理やり押さえつけられるようにして家光は自室へと戻された。
部屋の隅で屏風をおろし、誰も入れるなと言い放ち、家光はふせっていた。

日は次第に傾き、刻一刻とその時が近づいて来る。
早めの御膳が運ばれたが、頑なに拒み、誰一人として部屋へ近づけないようにした。

(皆嫌いだ・・・・。何故私の話を聞こうとしないのだ!!女中も他の奴らも、皆同じだ!!こんな世は嫌いだ!!)

枕が涙で濡れて冷たくなっていく。
泣いても誰も助けてくれないことは分かっていた。
それでも、悔しくて泣くしかなかった。
将軍とは何なのか、自分の意志で法を覆すことも出来ないのか、
幕府の為の道具にはなりたくはないが自分ではどう足掻いてもどうしようもなく
家光はただ数刻泣き続けた。

ここから逃げ出せたらどんなに楽だろうか・・・。
兄を怨むつもりはないが、代わりなどなりたくはなかった。
逃げる手段も、場所もない。

(私が兄上の変わりに病弱であれば良かった。自分の声も、歩く道さえも決められぬここは監獄だ・・。)

気がつけば日は当に沈み、大奥へ行く時間が刻一刻と迫っていた。
しかし、家光は泣きつかれて眠りについてしまっていた。

そこへ、静かに襖をあける音が聞こえる。
眠りについてしまった家光は気づくこともなく、涙で頬をぬらしたまま寝ていた。

「・・・・・・・・」

その、家光の寝顔を静かに見つめるのは、春日局であった。
涙で濡れた頬に春日局の視線が止まる。
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