大奥への扉

□表と裏 10
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表と裏  10

家光は暗闇に佇んでいた。
そこは右を見ても左を見ても永遠と続く暗闇であった。

(・ここは・・・何故こんなところに私はいるのだ・・・)

自分の姿を見れば夜着のままである。
ふと、遠くで名前を呼ばれた気がして後ろを振り返ったが、辺りは誰の気配もなく
暗闇で続いていた。

(また・・・・これも悪い夢なのだろうか・・・・)

家光は時折見る悪い夢の中にまた佇んでいるであろうと考えた。
そして、はらりと頬を何かがかすめた。

「・・・・桜・・・・」

足下に落ちた桜の花びらにそっと手を伸ばす。

「何故こんなところに花が・・・・」

家光が上を見上げたがどこにも桜の木らしき物は一切なかった。
しかし、またはらりと、家光の頭上から桜が舞ってくる。

家光は上を見上げたままただ、無情に降ってくる桜を見つめ続けた。

(懐かしい・・・・・)

また、家光は幼い頃父と母と兄の日向と共に花見をする光景を思い出す。
あの頃は疫病などまだ何もなく、父も元気で無邪気に笑っていた事を思い出す。

(いつから・・・いつから私は嘘の笑をするようになったのであろうか・・)

いつしか家光の手には舞い落ちてきた桜が何かを語るように手を覆っていた。
そしてその手の中に涙が落ちる。

ゆっくりと手の中の花びらが握りしめられる。
握りしめた拳の上にもまた、涙の雫が落ちる。


「・・・父上・・・私は無力です・・・」

家光は握りしめた拳を見つめながら涙した。
疫病には対策はなく、民は成す術もなく息をたっていく。
しかしこの江戸城にはその病など忘れてしまうほどの平穏な暮らしがある。

そしてたった一人の将軍の為に何百人と言う男たちが煌びやかに存在しているのである。
それがどれ程無駄で馬鹿げた事か家光には分かっていたが、自分の力ではまだ
廃止する力もなくどうする事もできないでいる。

(だが・・・・そのせいで争いは続き、誰かが犠牲になる)

家光はたった一人の人間も救えなかった事に自分の無力さを感じ悔しくて仕方がなかった。
握りしめていた手を開くと、急にどこからともなく風が吹きつけた。

「・・・・・ぁ・・」

そう呟いたのも束の間、手のひらの桜の花びらが風に舞うように高く舞い上がる。
風は何かをかき消すかのように家光の髪を桜とともになびかせた。
辺りには桜が家光を取り巻くように舞いだす。

そして一つの光が視界に入る。
その光は暖かくまるで太陽のような日差しのようであった。

あまりの眩しさに目を細めるとふと、その先に影が見えたような気がした。



「誰かが・・・呼んでいる・・・?」

その光の先に自分を呼ぶ声がした気がして家光は一歩前に足を踏み出す。
辺りは暗闇であったが何故かその先に自分の進む道があるような気がした。

家光はその光の先へゆっくりと手を伸ばす。
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