大奥への扉
□表と裏 11 〜近づく距離〜
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表と裏 11 〜近づく距離 〜
突然の永光の発言に家光は言葉を一瞬失う。
そしてゆっくりと永光抱きしめる手が離れ、永光の真っ直ぐに見据えた視線とぶつかる。
「・・・・永光・・・私は側室など・・・」
家光がため息混じりに口を開いたが、その言葉を被せるようにまた永光が口を開く。
「上様・・・。私は・・・上様が将軍にあがるずっと昔よりお慕いしておりました。
それは・・・私が父と共に京よりこの江戸城に挨拶に赴いた時の事でございます。あの頃はまだ上様は姫として扱われていました。
幼い頃の為、上様は覚えてないやもしれませんが・・・。」
永光は懐かしむような遠い瞳をしながら、いつものように穏やかに微笑み静かに話し始めた。
家光もまた、そんな永光の眼差しを一心に受け静かに聞く。
「あの時・・・大御所様の隣に座っておられる姿を見て私はその・・・幼いながらにも凛とする佇まいに胸を打たれたのです。
それから江戸へ行く際は必ず父に同行し、上様を影ながら見ていたのです。」
少し照れくさそうに言う永光の話に家光はそんな昔の頃からとは思いもせず、永光を凝視した。
家光と視線があった永光は一瞬恥ずかしそうに視線をそらすと、また家光を愛おしそうに見つめた。
「上様が誰を想い、誰と婚儀をしようとも私のこの思いは生涯打ち明けるつもりなどなかったのです。
ですが・・・此度の出来事で上様の存在が私の中でそれを越えるほどに大きく膨れ上がってしまっていたようです。
そこで気付いてしまったのです。
上様を・・・・・二度と失いたくはないのだと・・・。」
トクン・・・
家光の胸の音が何故か少しずつ高鳴る。
(・・・・・どうしたものか・・・こやつの戯言などいつもの事だというのに・・・。
何故・・・何故こんなにも胸が締め付けられるほど痛いのだ・・・?)
「上様・・・」
永光は家光の手を暖かな手で包み、優しく微笑んだ。
冷え切った手がまるでそこから熱いものが流れ込んでくるように、じわりと熱を持っていった。
そして家光の胸の鼓動は音を立てるようにトクンと速くなる。
「上様・・・・。上様が守らなければならぬ物をこの私にも背負わせて下さい。
あなたはもっと守られていいのです。時には私に泣いて弱音を吐いて下さい。戦がないとは故、一人で背負うにはお辛い世です。
私が半分でもその負担を抱える事が出来れば上様のお役に少しは立つはずです。
私は上様と共にならどんな未来でも幸せにございます。」
そう言い終わった永光が愛おしそうに微笑む。
「・・・・・・」
家光は永光からの発言に言葉も出ないでいた。
それは家光が一人で全てを背負って歩いていく道だと思っていたものであった。
それを目の前にいる男は自分にも背負わせて欲しいとそう、言っているのである。
そして永光が一瞬目を見開いたのと同時に、長い指先が家光の頬にゆっくりと触れ、そっと頬を拭われる。
(・・・・・・・え・・・)
そこで始めて家光は自分が泣いているのだと知った。
家光の頬を静かに伝う涙を永光の指先が壊れ物を扱うように優しく拭われる。
(そう・・・お前はいつでもそうやって私の前で笑うのだ・・・・。
どんな時でも・・・・お前は私の前で笑う・・・・・)
家光はここまで来てようやく永光の思いを知る事になった。
思い返せば今まで数多く永光の存在に助けられていた事に気付く。
それが何故か今更認めるには悔しくて余計に涙が溢れ目頭が熱くなる。
「・・・・・永光のくせにお前は生意気だ・・・・。」
涙を流す姿などまるで弱い女子のような姿を男の前で見せるのが悔しくて家光は俯く。
こんな時まで意地を張る姿に可愛げがないと思いつつも、永光もそれはそれで上様らしいと可笑しく思いくすりと笑う。