大奥への扉

□大奥 〜 追憶の約束編 B〜
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追憶の約束 編 B


辺りはすっかり日も落ち、虫の音が聞こえ始めて来たが家光は未だに日向の手を握りしめていた。
女中が迎えに何度も来たが家光は頑なにそれを拒んだ。

灯りがゆらゆらと日向の顔を照らす中、家光は泣き過ぎて腫れ上がった目で日向を見つめた。

そこへ慌しく走る足音が響いた。
勢いよく襖が開かれ、家光が咄嗟に振り返る。

「!!!」

突然入って来た人物に驚いたのも束の間、次の瞬間には家光は倒れこんでいた。
何が起きたのか分からず家光は畳みに手をついたまま起き上がれずにいた。

視界に映る足下にそれが誰の者なのかに気付くと家光は胸の鼓動と共に全身が震えだす。

「・・・・・申し訳・・・・ありません・・・」

家光は小さな声でそう口を開いた。
目の前の人物が怒りで拳が震えているのも視界に入る。
幼いながらにも家光は人の感情や心情を読み取るには十分長けていたことから、
そのままその人物に身体を向け、頭を垂れたまま顔をあげようとしなかった。

「お前は・・・・何故いつもそう、厄介事ばかり起こすのです!!此度の事で日向様にもしもの事があれば、どうなるか分かっているでしょう!お前も私も、ここにいる術など無くなるのですよ!!」

血相を変えて怒りをぶつける姿に家光は俯き頭を下げるしかなかった。
悔しさでまた、涙が溢れた。

「母上・・・もう、二度と致しませんから・・・・」

「本当にお前という子は・・!!」

息をきらしながら尚も家光に手をあげようとする御台に後ろから緒形が阻止する。


「お止め下さい、御台様、もうこれ以上咎める必要などございません。姫様とて
十分反省なさっております!」

「離さぬか!!分かってなどおるものか!ならば、何故少しも姫らしく大人しく出来ぬ!
剣術ばかり上達して恥をかくのは私だと分からぬのか?お前のせいでどれだけ周りに迷惑をかけてるのか分かっておらぬのか!!」

緒形が後ろから必死で止めるのを家光はガタガタと震えながらそっと見上げた。

「よいですか!此度の罰として二の丸から出る事を禁じます!!暫く深く反省致しなさい!!お前などこの城を出れば誰も娶っても貰えぬ程女子としての価値もないのですよ!!これ以上徳川の名を汚すことがあれば二度とこの城の敷居を跨ぐ事も許さぬように致しますから覚えておきなさい!!」

身形を振り乱して怒鳴る御台に家光は瞳を強く閉じ拳を強く握り締め、自身の浅はかな行動と言動に深く後悔したのだった。
その後日向付の女中も気付いた事により御台は取り押さえられるようにして緒形に本丸に連れて行かれたのであった。

残された家光は暫く呆然として立ち上がれずにいた。
今まで自分の我儘ばかりを通し、周りの事など気にも止めた事も無かった為どれほどこの徳川と言う名に責任が重くのしかかっているのかを痛感した。
家光は未だ眠る日向の顔を見つめて口を開いた。

「兄上・・・。私は・・姉上達のように言われるまま、見ず知らずの者の所へなど嫁つぎとうございません・・。部屋に閉じこもるばかりで自由に生きれないのなら・・・
ここにいる意味など何もないではないですか・・・・」

家光は俯き静かに涙を流した。
しんと静まる暗闇の中家光は静かに涙を流し続けた。

「・・・・・家光・・?」

ふと、弱々しい声が聞こえて驚いて顔をあげると日向の目がうっすら開かれて
こちらを見ていた。

「あ、・・・・・兄上!?大丈夫ですか?」

急いで家光は日向の元へ駆け寄り、その手をとり握りしめる。

「・・・・ああ、大丈夫だ。・・・・・どうした?」

家光の泣いている顔を見た日向が不安な顔をして家光を見つめる。
こんな状態でも自分の事を心配してくれる日向に家光は胸が暖かくなるのと同時に
自分のせいで日向に心配をさせてしまっていることに締め付けられるような痛みを感じた。

「何でもございません。兄上、今まで我儘ばかり言ってごめんなさい。もう、父上や母上にも心配かける事がないよう明日からはちゃんと学問所にも参ります。茶の湯も活け花も頑張ります。」


「・・・・家光・・・・」

突然の家光の発言に日向も一瞬驚いたが、うっすらと微笑むと家光の握る手を優しく握り返すと静かに頷き、家光の頭を優しくなでた。


「だが無理はするでないぞ・・。お前が元気に笑ってればそれで私は幸せなのだから・・。
私が将軍になれば女子も政に参加できる時代を作りたいものだ・・・。そうすれば・・・」

そこまで日向は口を開き何かを言おうとしたが、次の言葉が続く事はなかった。
家光は気にはなったものの、日向の作る時代もきっとそう遠くない未来であろうことから
自分の未来にも少なくとも希望が生まれるような気がしていた。

微笑む家光を見ながら日向は心の中でひっそりと思いを口にした。

(お前をどこかに嫁がせたくないなどと・・・・一瞬でも思う私は余程の戯け者だな・・・・


日向は本家や分家から疎まれている家光に対し可愛そうだという思いで幼き頃から実の妹のように可愛がり続けていたのだが、その思いが家光が歳を重ねる事に次第に思いが強くなり、目の届く場所で見守ってやらなければという思いが日々強く表れていたのであった。

その日は緒形が戻る頃には日向の容態も落ち着き、これならば三日もすれば回復するだろうという事で家光は安心して西の丸を後にした。

(兄上・・・・母上の言いつけどおり暫くはお会い出来ないですが・・・きっと、次に会う時は立派に成長した姿でお会い致します・・・・)

家光は立ち去る際に屋敷を一度だけ振り返ると、新たな決意を胸に前を向き、静かに歩きはじめたのであった。


つづく・・・★

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