大奥への扉

□大奥 追憶の約束 編 C
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追憶の約束編  C

目の前には驚くほど立派な城が目に入る。

「いやぁ〜何度見ましてもやはり江戸の城は立派ですなぁ。京では鷹司の屋敷を知らぬ者は居ないほど名が高いですが、将軍様のお膝元には叶いませんなぁ。」

「・・・・・・」


城下町を抜け、立派な門構えまで来た使いの男は何度も頷きながら興奮したようにきょろきょろと辺りを見渡した。

そんな姿に隣にいた少年は全く興味がない様子で開けられた門よりさっさと中に入ってしまう。

「あぁ!若様、お待ち下さい!!先に行かれては道に迷いますよ?なんせここはまだ敷地内に入ったぐらいの地点ですからね。」

しかし、そんな側仕えの男には見向きもせずに少年は足早にどんどんと進んでいく。

「しかしながら、本当に何度来ても広すぎてどっちに行けばいいのやら分からなくなりますねぇ・・・・。ええっと・・・確かここが二の丸で・・・・」

ようやく少年に追いついた男は、着物の袷から以前書いた地図を取り出すと、方位を確かめながら本丸の場所を確認し始める。

そんな中、ふと背後で剣をふる音が聞こえ少年は自然と振り返る。
どうやら塀の向こう側で剣術の稽古でもしているのだろうか、金属音が何度と無く聞こえる。

(・・・・この音・・・まさか真剣を使って稽古をしているのか?相当いい刀を使っている音だ・・・。それに中々の剣捌き・・・。一体どんな武将が相手をしているのだ・・?)

少年もまだ子供とはいえども何れは一国を背負う身、剣術には幼き頃より叩き込まれていた為に腕には自身があり音を聞いただけでその者がどれ程の腕の立つものか位は分かるのであった。

少年は暫くその音を聞いていたが、次第に少しばかり様子を見てみたいという欲求が生まれ側使いが道を確認している隙に目の前の屋敷の塀によじ登ると中に忍び込んだ。

(ちょっと位だったらバレやしないだろう・・)

少年は音のする方へと聞き耳を立てながら進んでいくと、庭の向こう側でその人物達を
見つけた。

「・・・・!!!!!」


少年は、目の前に飛び込んできた衝撃の光景に驚き一瞬で言葉を失う。
降りしきる汗を気にもせずに華麗に剣を見事に捌くその姿から目を離すことすらできずに
ただ立ち尽くした。

(女・・・・・!?)

少年の目に映るのは紛れもなく、道着に身をまとった一人の少女の姿であった。
遠めで後姿でしか確認できずにいたが、年頃も自分とそう変わらないだろうという背丈であり、その少女の相手をしているのも
腕の起ちそうな武将かと思いきや、女子のような顔立ちをした華奢な男子だったのである。

(どうなってんだ江戸の奴等は・・・あんな女みてぇな奴ばっかりが護衛隊なのか・・・・?)

女が剣を持つとはそれしか考えられなかったが、しかしどう見てもこの屋敷は将軍家直々の家族達が住まう屋敷のはずである。
護衛役が稽古をしているといえば可笑しくはないのだが、目の前に居るのはまだ自分と同じ
子供であるし、しかも女子であるのだ。
護衛にしては何故だか不自然な気がして少年は疑問がつきまとう。

「わ、若さまっ!!そんな所で何をしておいでですか!!!早く降りて来て下さい!!見つかったら怒られますぞ!!!」

少年が考え込んでいると、ようやく側仕えの男は少年が目の前の屋敷に無断で侵入していた事に気付き青ざめながら塀の上から手招きをする。

(ちっ・・・見つかったか・・・・。)

少年は案外早くに見つかったことに舌打ちをしながら、仕方なく元来た道を音を立てないように戻ると最初と同じように塀に足をかけて登る。

男はハラハラとしながら、誰かに見つからないかと早く降りて来るように少年を急かす。

「早くして下さい、若様、人の声がして来たようですぞ?」

早くして欲しいという気持ちからか、男は少年が降りて来ようとする足を引っ張り出す。

「お、おい、馬鹿!引っ張るな!!落ちるだろうが!」

無理やり足を引っ張られたせいで少年はバランスを崩して見事に男の上に滑り落ちる。

「わっ・・・!!」


ドスン・・・!!!

男の上に重なるようにして落ちてしまった少年はつい、大声で声をあげた。

「いってぇな、この馬鹿じじい!!足が折れたらどうするんだ!!お前とは二度と来てやらんぞ!!」

「そんな・・・若様が勝手な行動をするからではありませんか・・・」

理不尽な物言いに使いの男も困ったように仕方なく少年をなだめるのであった。

一方、その半対側の塀の中では・・・


「・・・・・・?」

屋敷の外から突然何か大きな音がしたため、刀を構えていた手を止め家光が振り返る。

「・・・?如何なさいましたか?姫様・・・?」

「いや・・・今何か外で物音がしたような・・・。」

耳を済ませると、何やら喧嘩をしているかのような声が屋敷の外から聞こえてくる。

(声からしてまだ子供か・・・?紫京の声ではないな・・)

家光の周りを幼き頃よりつきまとうのは大抵、一条家の嫡子である紫京という名の少年が殆どであった為、一瞬疑うが話し方が違うためそれはないと否定する。

少し気になり様子を伺おうとした所で家光の足はピタリと止まる。

(・・・・・外には出れぬのだった・・・)

たちまち足下を見下ろしながら無言になった家光の様子に気付いた相手をしていた男は小さくため息を吐く。

「・・・・・姫様、そろそろ休憩いたしましょう。茶でも入れて参りますね。」

その言葉にようやく我に返った家光は既に歩き始めている男を振り返ると慌てて後を追う。

「こら火影!!!私を置いていくな!!戯け者が!!」

あっという間にいつもの様子に戻った家光はそそくさと先を歩く”火影”と呼ばれた男に
掴みかかる。

そんな様子に少し安心したのか、火影はうっすらと微笑むと何かを思い出したのか
そういえば・・と話始める。

「・・・・しかし姫様、剣術の稽古をしてはならぬと奥方様に言われたのではなかったのですか?まぁ、華道と茶の湯はきちんと顔を出しているようではありますが・・・」

ふと疑問を口にした火影に家光は嘲笑うかのような目を向ける。

「ふん、私は別に剣術の稽古をしているわけではないのじゃ。屋敷ばかりにこもっておれば身体も訛るであろうが。それで動いているだけじゃ。」

「・・・・・はぁ・・」

相変わらずな家光の態度に火影も呆れたような返事をする。
火影は幼顔に見られがちではあるが、腕の起つ家光の護衛として三つの頃より修行を行い
十の頃から家光の遊び相手件護衛役として城にあがっていた。

「ああ、それから姫様、もうお聞きされましたか?大奥では姫様の婚儀の話が出ているそうですよ?それも京の鷹司家が名をあげてるそうで・・・・」

”婚儀”という言葉を聞いて明らかに不機嫌な顔付きになった家光に、火影もそれ以上の言葉を言うのを止める。

「・・・・・・」

てっきり何か言い返して来るものだと思っていたが、一向に口を開かない家光に火影はどうしたものかと家光を覗き込む。

「姫様・・・?どこか具合でも悪いのですか・・・?」

しかし、覗き込んだ瞬間に家光はそれと同時に勢いよく頭をあげる。

ゴッツ!!!

「うっ・・・・・!!!!」

そのせいで見事に火影の顔面に家光の後頭部があたり、その反動で油断していた火影は
スローモーションのような光景を見ながらゆっくりと地面に倒れこんだ。

「・・・・・?何をやっているのじゃお前。そういえばもうすぐ学問の時間じゃ。
私は先に行っておるぞ・・・」

突然仰向けに倒れこんだ火影に軽蔑するような眼差しをむけながら家光は呆れながら
その場を後にした。

「・・・・・はぁ、」

残された火影はこの怒りをどこにぶつけていいのかもわからずに肩を落としたのであった。
 

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