大奥への扉

□表と裏 13 〜回想〜
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表と裏13
 
庭の木々がさわさわとざわめきを起こしていた。
時折風が吹き、はらり、はらりと足下に舞うようにふり落ちた。
この光景を何度目に焼き付けてきたのかもう覚えてさえいない。

目を閉じれば、いつだって純粋な頃の自分が思い出される。
何の疑いも無しに心の底から笑いあった日々。
そしてあの日、最後に言った自分の言葉。

『俺はお前を助ける為に強くなるから・・・・だからお前も逃げんじゃねぇよ・・・・』

そして最後に俺はこう言ったんだ。

『きっと迎えに行く。だから・・・・待ってて欲しい・・・』

柄にもなく、出来もしない約束をした。
互いに同じお守りを買って、出来もしない約束を誓い、互いの健闘を祈る為に
交換をしその時が来るまで肌身離さず持つと誓った。

あの頃の自分に怖いものなど何一つなかったのは本当なんだ。
だから、あの時の言葉は例え約束は守れなかったとしても嘘なんかじゃなかった。

俺は本当にこの薄汚い世界からお前を守りたかったんだ。

そんな後悔に近い思いが次々に溢れて、くしゃりと額に手をあて俯いた。
込み上げてくる気持ちは一体何なのかも分からない。

ただ、これで最後なんて冗談じゃない。
俺はまだお前を許してないし、散々俺の人生を振り回しておいてこんな結末はゆるさない。

(・・・・くそっ・・・・・)

こんな気持ちは二度と御免だと思っていたのに、二度も同じ気持ちにさせるのは生涯お前だけだ。
ざわつく気持ちとは裏腹に、込み上げてくる感情に目頭が熱くなる。
そんな情けない自分にも腹立たしかった。

ふと、自身の手の平に視界を映した際に先程の光景がよぎる。

(あいつ・・・・泣いてたな・・・・)

つい数刻前に家光の見舞いに行った際の事を思い出す。
青白い顔をしたまま眠る家光の目尻から一瞬だけ涙が流れた。
正直、家光が涙を流す事など柄にもないという思いもしたが、その半面で自分自身の奥底にしまった感情が沸きあがった事に驚いた。

そして枕元に置いたお守りを再び思い出す。
自分の手元にはもはやどちらのお守りも存在しなかった。

それはこの大奥へ正室候補として無理矢理連れて来られる事が決まった日に、衝動的に怒りにまかせて川に投げ捨てたのだ。

それは変わり果てた家光の姿に対しての怒りでもあったが、約束を守れなかった自分自身への怒りでもあった。

家光も自分同様にどうせ、とっくに捨ててしまったか、無くしてしまっただろうと思っていた。
だが、家光が刺されて倒れたあの日、汚れてしまった着物を下働きの物が運んでいる際に前も見ていなかった自分と廊下でぶつかり下女が落とした際に気が付いてしまったのだ。

床に散らばった着物の袷から出て来たのは、自分が捨てたはずのお守りと全く同じ物であった。
それは何年もたっている筈だというのに大事にしまっていたのだろうか、あの日誓いを交わした夕暮れに見た輝きと同じ色を放っていた。

平伏せて謝る下女など視界にも入らず、そのお守りを握りしめ、いても立ってもいられなくて俺は離れにある倉まで走り出した。

走るたびに手の平のお守りが鈴の音を放ち、あの日の光景がまるで昨日の事のように思い出された。
自分の鼓動がうるさく胸を打つ。
走る途中で大奥の者達がどうしたものかと後ろから声をかけられたが、それに答える余裕さえもなく、無我夢中で身体中が叫び声をあげるように走った。

『はぁ・・・・はぁ・・・・は・・』

したたる汗を拭いながら辿り着いた先は今は既に使用されていない、開かずの倉とされているような古びた倉だった。

扉には錆びた鍵がかかっており、使用されなくなってから既に何年か経過してしまったのだろうか付近の裏口にも固く縄文がかけられここの一体に人の気配もしなかった。

(・・・・・城の中での最初の出会いは最悪だったな・・・・)

それは昔、家光がまだ姫であった頃に鷹司家に輿入れをする話が持ち上がっていた事の出来事であった。
倉の裏手にまわると、一本の太い松の木が覆い茂っており見上げた先に小さな窓がそこに昔のままの状態で残っていた。

『・・・・・・・』

握りしめた拳の中でリンという鈴の音が辺りに響き渡った。
言い切れようのない思いをぶつける様にその倉の壁を拳で何度も叩いた。

『・・・・・っくしょ・・・・ふざけんな・・・・』

そのうち血が滲みその痛さに涙が出るのか、自分の情けなさに涙が出るのかも分からなくなるほど気が付けばその日は涙を流した。



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