大奥への扉

□表と裏 13 〜回想〜
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だが、今はもうそれを肯定する事も否定する事も出きる筈も無い。
数刻前に願いだけを込めて家光の元へ返したのだ。

(俺は・・・・何の為にこんな所にいんだよ・・・・)

開いた手の平を再び握りしめ、やりきれない思いに目を閉じた。

「鷹司・・・・・」

ふと、聞き覚えのある声にようやく、自分の名前が呼ばれた事に気が付いてゆっくりと振り返る。

「・・・・・琴音・・」

微笑みながら近づいて来たのは、家光と瓜二つな顔立ちをした影武者の琴音だった。
そしてゆっくりと近づくと、そのまま鷹司の胸の中に顔を埋める。

「・・・・どうかしたのか・・・・?」

いつもなら、こんな所でこのような態度をとることはない琴音に鷹司の手が安心させるかのようにその細い肩に手をおいた。
その優しさに琴音も何かを決意したかのように目を閉じると、息を吸い込んだあとにゆっくりと口を開いた。

「・・・・上様の意識が戻ったみたい・・・。それを鷹司に・・・早く伝えたくて・・」


ドクン・・・・

琴音の口から家光の名前を出されて、胸の鼓動が嫌な音をたてた。

「・・・・そうか・・・。まぁ、あいつが死ぬわけないだろな・・・」

鼻で笑いながら、何とか何時もの調子で明るく言うつもりが顔に出ていたのだろうか、
見上げる琴音から視線を外してしまう。

「・・・・・・」

辺りに一瞬の沈黙が流れ、それを断ち切るかのように琴音がするりと鷹司の腕から離れた。


「・・・・?」

どうしたものかと琴音を見ると、何か思いつめたような、苦しそうな表情をする。
もう一度その肩に触れようとした先に、琴音が口を開いた。

「・・・・上様のところに行ってあげて・・・お願い・・・・」

「・・・・!!!」

突然の琴音の言葉に鷹司の瞳が大きく開かれる。
琴音は俯いたまま、拳を力強く握り締めた。

琴音は勿論、こんな事が本当は言いたい訳じゃない。
本当はここから自分と一緒に逃げて欲しいとさえ思う。
地位も名誉も何かも全部いらないと言って欲しい。
自分の為に全てを捨てて一緒になりたいと言って欲しい。

でも・・・・

知ってしまったのだ。
選択の余地の無い未来を生きる為に命がけで走る家光を見てしまった。
そしてそんな時代の犠牲になるのは自分ひとりで十分だと誰に頼る事も無く、1人で貫こうとする姿を。

そして・・・

この大奥から逃げようと思えば逃げ出せる事も出来るのに、鷹司がここにいる本当の理由に気付いてしまった。

(鷹司は・・・・家光様を守りたいと思っている・・・・)

(そしてきっと彼の瞳に映る私は・・・・・私なんかじゃない・・・・・)


「お願い・・・・・」

琴音は拳を握り締め、涙が流れて来ないように唇に力をこめた。
そんな様子の琴音に自分自身の行動によって目の前にいる影武者である琴音にまで
危害を加えてしまったのかと自分自身に苛立つ。

「馬鹿じゃねぇのお前・・・・・」

呆れながらため息をつくと、かすかに震える手を上から力強く握りしめる。
驚いた顔でゆっくりと琴音は顔をあげると、今にも泣きそうな顔を見て心がいたたまれない気持ちになりながらも安心させるかのように小さく微笑んだ。

「俺が行った所で何も変わらない・・・・。あいつは・・・・自分で決めた道を進むだけだ。俺が正室だとしても、形だけにしか過ぎない。それ以上も以下もない・・・」

そこまで言って自分自身の口を閉ざした。
そんな表情に一瞬不安がよぎるが、琴音は微笑みながら頷いた。

「分かった・・・・。でも、お見舞いとしてでも顔を見せてあげてね?きっとその方が早く元気になるよ。」

「・・・・・なんだよそれ・・。顔を見たら喧嘩になるだけだろ。それで元気になるかよ」

「ふふふ・・・でも、何時もの二人になる方が安心するもの」

そこで二人は同時に笑いあう。

(素直になれないのは二人とも変わらないんだろうな・・・・・)

琴音は鷹司のみせる優しさに涙が出そうになるも、また二人の仲の悪さを話題に笑いあう。
そんな会話をしながら、琴音と鷹司は歩き出す。
何時もの態度に戻った琴音の顔を鷹司はちらりと見ると、ホッと安心する。

そして、鷹司の視線が自然と離れにある家光の寝所の方向に行く。

「・・・・・」

その様子に琴音も気付き、視線の先にある物にズキンと胸が痛んだ。

「あ、春日局様だわ・・・・・」

琴音が顔をあげた半対側の通りの先にちらりと春日局の姿が見え、思わず声をあげる。
その名前を出され、鷹司もハッと我に返ると一瞬にして琴音の手をとり走り出す。

「え、ちょっと・・・なんで逃げるの??」

「メンドクセェんだよ、あいつは。」

「え、でも、逃げるのは怪しまれるんじゃ・・・・」

琴音はオロオロとしながらも、鷹司に手をつかまれたたままその場を後にした。


「・・・・・・・」

そんな二人の行動に勿論反対側の廊下にいた春日局が気が付かないわけでもなくため息を漏らす。
そのため息に気付いた稲葉がどうしたものかと辺りを見渡したが、特に変わった様子は無かった。

「春日局様、いかがなされましたか?何かお忘れ物でも・・?療養中の衣服は先程女中に運ばせておりますが、他に何かございますか?」

必要な物を抱えながら歩く先は家光が寝ている離れの寝所であった。

「いや・・・・何でもない。その荷を運んだ後ですまないが護衛を強化するよう申し伝えておいてくれ。」

「ええ、かしこまりました。」

再び歩みを始めながら春日局は空を見上げた。
日は既に沈みかけ、茜色の日差しが庭を照らしていた。


つい先程緒形より家光の意識が戻ったと報告をうけ、安堵したのがまるでつい先程の出来事なのにあの日から随分時が止まったような感覚を引き起こしていた。

(此度は随分と心労をかけられたものだ・・・・・)

そう思いながらも、春日局の顔は穏やかなもので向かう足取りは軽いものになっていたのであった。


つづく★
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