novel

□Nとの遭遇/喪失ではなく
1ページ/7ページ

ドサリ、と音をたてて定位置の椅子に腰かける。コーヒー片手に読書の時間とでもいくか。フィリップはガレージで検索、亜樹子は休みで事務所は静か。本を読むにはうってつけのシチュエーションだ。さぁて、ど「コンコン」
「あ?」
顔を上げると、ドアがそろそろと開くところだった。
「すみません、鳴海探偵事務所はこちらでしょうか…?」
おずおずと美少女が入ってきた。
…うん、美少女。
つばの広い麦わら帽子のせいで若干影になっているものの、顔の造作はよくわかる。フィリップより白いんじゃないかってくらいの肌。黒目がちなアーモンドアイ。腰まである艶やかな黒髪。深い青のワンピースと空色のポシェット…お、ウィンドスケールだ。
「お嬢さん、何かお困りですか?」
キレイな女の子が一人で探偵事務所になんて、いかにもハードボイルドな事件が起きそうだろ?
「秘密を守って、頂けますか」
「もちろん。探偵の鉄則ですよ」
「危険な事態になるかもしれません」
「じゃあますます女の子を放ってはおけませんね」
「…私の知り合いを、探して下さい」
そう言った彼女の表情はどこか強張っていた。


彼女の名前は瀬崎沙羅。何年か風都を離れていたが、つい最近戻って来たらしい。来客用のソファーにちんまりと座った彼女にここまで聞いたところで質問を遮られた。
「すみません、この後用事があるので依頼の話をしていいですか…?」
「おっと失礼。つい長話に、な」
やや緊張した面持ちの彼女を目線で促す。すぅ、と一呼吸おいて話し始めた。
「彼は…ある組織に狙われているんです。左さん、彼を探し出して下さい」
「…なるほど。分かりました、お受けしましょう。彼についての情報や手掛かりはありませんか? 取りあえず名前あたりから」
『ある組織』と聞いて一瞬ミュージアムを思い浮かべたが、壊滅してからかなり経つしあり得ない…よな? でもって、名前と言った途端にたじろいだのは何でだ。
カバンをごそごそやりながらつっかえ気味にまくし立てる。
「名前は多分当てにならないと思います。幾つも使っていましたし、もし逃げ延びていたら偽名を使っているでしょうし」
「んー、まぁ知ってるに越し「バァン!!」」
…何だ一体。
「君は知らないだろう翔太郎、アメリカアカイカという生き物を!」
音のした方を向けば、そこには目を輝かせたフィリップと大きく開かれたガレージのドア。
今回はえらくマニアックだな…てか名前が意味不明なんだが。アメリカンな赤いイカ? 若干遠い目になった俺。
「体長は1mから…あれ、お客さんかい?」
気付くの遅せーよ。ほら見ろ沙羅さんが呆然としてる。

「―……、…?」

かすれた呟き。
俺には「らいと」と聞こえた。
何でだ。何で知ってる。
さっきの『組織』ってのはやっぱりミュージアムなのか。
じゃあお前はフィリップを、
「え? 何か言ったかい?」
やや離れて立っていた相棒には聞き取れなかったらしい。聞き返された依頼人は小さく笑って首を傾げた。
「すみません、知り合いにそっくりで…」
自嘲気味に微笑んだまま桜色の唇が言葉を紡ぐ。
「今日はバイトの面接があるので、また明日来ますね。お騒がせしてすみませんでした」
人形がしゃべったら、きっとこんな感じなんだろう。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ