novel

□Tの標的/花と太陽と雨と
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薄暗い地下室にヴァイオリンの音色が木霊する。部屋の隅でホコリを被っていたそれは、妙に手に馴染んだ。
「…ヴァイオリンの弾き方なんていつ習ったんだっけ」
「……」
オレが今弾いているこの曲だって、タイトルすら分からない。イヤ、タイトルどころじゃない。次に来るのがどんなメロディーかも分からないまま、オレは弾いている。
「……巧いわね」
「!? ――ありがとう」
紫苑が話した。驚く余り止めてしまった手を動かし、演奏を再開する。
その澄んだガラスのような声も、フワフワと波打つブラウンの髪も。勝ち気そうな瞳も鋭い舌鋒も、全部引っ括めて。
やっぱり大好きだよ、シオン。


気だるい昼下がり。
「暇だなー」
片づけなければならない報告書は書き上げたし、依頼人もいない。本っ当にやることねぇ…。
「なら翔太郎、僕とこれで遊ばないかい?」
知らない間にフィリップがガレージから出てきてソファーにひっくり返っていた。怖っ。気配がないにもほどがあるだろう。
フィリップが持ってきたのは花札だった。…またえらく粋な。つーかそんなもんどっから出してきたんだ。
「この前検索して気になっていたのを亜樹ちゃんが持って来てくれたのさ。さっきまで一緒にやっていたのだけれど、用事があると言って帰ってしまったよ」
…ひょっとして俺、寝てたのか。言いながら箱のふたを開け、古びた札を取り出す。検索済みとだけあってか手際がいい。で、花札ってどうやって遊ぶんだ?
「なぁフィリップ。俺、花札のやり方知らねえ」
相棒は目をぱちくりさせてから笑う。なんかむかつくな。
「そうだね、じゃあ一番簡単なものから教えよう」
札を並べ始めてすぐにスタッグフォンが鳴った。手を止めたフィリップの視線を受けながら電話を取る。
「もしもし照…ドーパント!? わかった、すぐ行く」
険しい顔の相棒とアイコンタクトを取って、俺達は事務所を飛び出した。
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