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□星に願いを!!
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「翔太郎、君は知っているかい!?」
また始まった。
いつものようにガレージから飛び出してきて、立て板に水のマシンガントーク。今度は一体なんなんだ?
「七夕という行事は古代中国を起源とし」
「ちょっと待て。七夕?」
「そうさ。旧暦で七月七日に行われる行事で、笹を飾り願い事を書いた短冊を吊すんだ。その願い事というのは本来――」
あれ? こいつ、七夕やったことなかったっけ。確かに短冊とか作った覚えはねえな。
だがイベント好きな亜樹子が見逃すはずもない。俺の記憶力が悪いのか? いやそんなわけないだろ。
「――郎、聞いているのかい? ねえ、翔太郎ってば!!」
「っと、わりぃ。何だっけ」
「だから、笹を穫って来て欲しいんだ。僕は短冊と飾りを作るから」
「…笹はどこに飾るんだよ」
薄々感じている嫌な予感を押さえ込み、訊ねる。フィリップはビシッと窓辺を指さした。
「決まってるじゃないか。あそこだよ」
七夕の笹なんて、ハードボイルドとは程遠い…!
その後、笹の設置場所をめぐって大喧嘩したのは言うまでもない。

結局折れたのは俺の方で、事務所に笹を飾るはめになった。七月七日の夜だけ、という条件を呑んでもらえただけでもよしとしよう。
そして七夕当日の夕方、俺は笹を運んでいる。小振りなので運ぶこと自体は楽だ。ただし、葉のふちについているトゲのようなものが時折手に刺さって少々痛い。痛いというよりは…そうだな、むずがゆいとかが近いか。
手が葉に当たらないようにしようと試行錯誤してるうちに事務所に着いた。俺の工夫はいまいち効果を発揮しないでお役御免となってしまったようだ。
「おかえり翔太郎! さあ、早く短冊を書こう」
ドアを開けるなりフィリップが短冊を突き出してきた。和紙を使ったそれはなかなか風流だ。ソファーでは亜樹子が色紙で作った輪をつなげて飾りにしている。なぜかものすごく手際がいい。内職でバラ飾りを作ってる人みたいだ。
「取りあえずこれ置いてからな」
笹はひとまず壁に立てかけて、俺たちは短冊に願い事を書き始めた。
「…ってフィリップお前、短冊何枚切ってんだよ? 三人だし、こんなにたくさんいらないだろ」
「きっと照井竜も来るだろう? それに、亜樹ちゃんを見てごらんよ」
そこには短冊をサクサク消費していく亜樹子の姿。なるほど…これを見越したのか、相棒。
「さて、僕は何を書こうかな」
「え、お前願い事あったんじゃねえの?」
「決めている訳ではないけれど…何故そう思ったんだい?」
「お前があんまり七夕七夕って言うから、何か叶えたいことがあんのかと…」
語尾は段々小さくなった。フィリップは目をぱちくりさせている。
「いや、僕はただ」
突然言葉を切った相棒はドアの方に振り向いた。規則正しい足音が近づいてくる。この音は多分、あいつだな。
予想的中、入ってきたのは照井だった。こいつしょっちゅうここに来るけど、警察がそれで大丈夫なのか?
「……七夕か。しかし、三人だけでよくこんなに書いたな」
机に散らばった短冊を一つ手に取り、少しからかうような声で言う。筆跡をよく見ろ現役刑事。
「それ、みんな亜樹ちゃんの短冊だよ?」
「よ〜し、願い事全部書き終わった!」
叫んだ亜樹子の前に積まれた短冊を見る。
『依頼が増えますように』
『翔太郎くんがもっと仕事しますように』
…俺は十分働いてると思う。うん。
『竜くんが名前で呼んでくれますように』
まだやってんのか! 照井も照井だ、さっさと振り切っちまえばばいいのに。
「竜くんも書こうよ!」
年に一回なんだしと言われてペンを握った照井に、それを見て楽しそうにしているフィリップ。
俺は何を願おうか。
 

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